| input text ../document/尚書\001_尚書_堯典.txt | 現代日本語 translated text |
| 尚書 堯典 曰若稽古帝堯:曰放勛。欽明文思安安。允恭克讓,光被四表,格于上下。克明俊德:以親九族,九族既睦;平章百姓,百姓昭明;協和萬邦,黎民於變時雍。 乃命羲、和:欽若昊天,曆象日月星辰,敬授民時。 分命羲仲,宅嵎夷,曰暘谷。寅賓出日,平秩東作;日中星鳥,以殷仲春。厥民析,鳥獸孳尾。 申命羲叔,宅南交,[曰明都]。平秩南僞,敬致,日永星火,以正仲夏。厥民因,鳥獸希革。 分命和仲,宅西[土],曰昧谷。寅餞納日,平秩西成;宵中星虛,以殷仲秋。厥民夷,鳥獸毛毨。 申命和叔,宅朔方,曰幽都。平在朔易;日短星昴,以正仲冬。厥民隩,鳥獸氄毛。 帝曰:「咨!汝義暨和,期三百有六旬有六日,以閏月定四時成歲。」 允釐百工,庶績咸熙。 帝曰:「疇咨若時登庸?」 放齊曰:「胤子朱啟明。」 帝曰:「吁!嚚訟,{可乎}?」 帝曰:「疇咨若予采?」 驩兜曰:「都!共工方鳩𠊩功。」 帝曰:「吁!靜言庸違,象恭滔天。」 帝曰:「咨!四岳!湯湯洪水方(旁)割,蕩蕩懷山襄陵,浩浩滔天。下民其咨,有能俾乂?」 僉曰:「於,鯀哉!」 帝曰:「吁!咈哉!方命圮族。」 岳曰:「异哉,試可乃已。」 帝曰:「往,欽哉!」 |
翻訳文昔、堯という帝を調べてみると、その名は放勛といった。慎み深く明るく、思慮深く安らかであり、誠実で礼儀正しく、譲り合う心を持ち、その光は四方に届き、天地にまで及んだ。優れた徳を明らかにし、九族(一族)を親しくし、九族はすでに和やかになった。百姓(百官)を公平に扱い明らかにし、百姓ははっきりと目覚めた。万国を調和させ、民衆は変わり、時に和やかになった。 そこで羲と和に命じた。「天を敬い、日月星辰の運行を観測し、民に季節を慎重に教えよ。」 羲仲を任命し、嵎夷に住まわせ、暘谷という地とした。恭しく太陽の出を迎え、春の農作業を整えた。昼と夜の長さが等しく、星には鳥星が見え、これで仲春を定めた。民は分散して働き、鳥獣は繁殖した。 羲叔を任命し、南交に住まわせ、明都という地とした。夏の農作業を整え、太陽を敬って迎え、昼が最も長く、星には火星が見え、これで仲夏を定めた。民は集まって働き、鳥獣は毛が薄くなった。 和仲を任命し、西の地に住まわせ、昧谷という地とした。恭しく太陽の入りを見送り、秋の収穫を整えた。夜と昼の長さが等しく、星には虚星が見え、これで仲秋を定めた。民は平穏に過ごし、鳥獣は毛が生え揃った。 和叔を任命し、北方に住まわせ、幽都という地とした。冬の農作業を整え、昼が最も短く、星には昴星が見え、これで仲冬を定めた。民は屋内にこもり、鳥獣は柔らかい毛をまとった。 帝は言った。「おお、羲と和よ。一年は三百六十六日である。閏月を置いて四季を定め、年を完成させよ。」 こうして百官を整え、多くの業績はすべて栄えた。 帝は言った。「誰か、時勢に適った者を登用できるか?」 放齊が言った。「皇子の朱は聡明です。」 帝は言った。「ああ、彼は口論好きだ。それでよいのか?」 帝は言った。「誰か、私の補佐を務められる者か?」 驩兜が言った。「はっ、共工はちょうど功績を集めています。」 帝は言った。「ああ、彼は巧みに言いながら行動せず、見せかけの恭順で天を侮っている。」 帝は言った。「おお、四岳(四方の諸侯)よ。洪水が広く押し寄せ、山を包み陵を覆い、天まで逆巻いている。民は嘆いている。治められる者はいないか?」 皆が言った。「ああ、鯀がよいでしょう。」 帝は言った。「ああ、彼は命令に背き、一族を滅ぼす者だ。」 岳が言った。「異議です。試してみてから決めるべきです。」 帝は言った。「行け。慎んでやれ。」 解説この翻訳は『尚書』の「堯典」の一節で、堯帝の統治を描いた部分です。以下に背景や要点を解説します。 1. 『尚書』と「堯典」の位置付け
2. 翻訳のポイント
3. 内容の核心
4. 文化的意義
この翻訳は、学術的精度を保ちつつ、現代読者に理解しやすい表現を心がけました。『尚書』は難解な古典ですが、堯典は古代中国の政治哲学や科学思想を理解する上で貴重な文献です。 Translation took 3538.6 seconds. |
| 九載,績用弗成。 帝曰:「咨!四岳!朕在位七十載,汝能庸命,巽朕位?」 岳曰:「否德忝帝位。」 曰:「明明揚側陋。」 師錫帝曰:「有鰥在下,曰虞舜。」 帝曰:「俞,予聞。如何?」 岳曰:「瞽子,父頑,母嚚,象傲;克諧,以孝烝烝,乂不格姦。」 帝曰:「我其試哉。」 女于時,觀厥刑(型)于二女。釐降二女于嬀汭,嬪于虞。 帝曰:「欽哉!」 慎徽五典,五典克從;納于百揆,百揆時敘;賓于四門,四門穆穆;納于大麓,烈風雷雨弗迷。 帝曰:「格,汝舜。詢事考言,乃言厎可績,三載。汝陟帝位。」 舜讓于德,弗嗣。 正月上日,受終于文祖。在璇璣玉衡,以齊七政。肆類于上帝,禋于六宗,望于山川,徧于羣神。揖五瑞,既月乃日,覲四岳羣牧,班瑞于羣后。 歲二月,東巡守,至于岱宗,柴,望秩于山川,肆覲東后。協時月正日;同律、度、量、衡。修五禮、五玉、三帛、二生、一死贄,如五器,卒乃復。 五月,南巡守,至于南岳,如岱禮。 八月,西巡守,至于西岳,如初。 十月一月,朔巡守,至于北岳,如西禮。 歸,格于藝祖,用特。 五載一巡守,羣后四朝。敷奏以言,明試以功,車服以庸。 肇十有二州,封十有二山,濬川。 象以典刑。流宥五刑。鞭作官刑,扑作教刑,金作贖刑,眚(省)災肆赦,怙終賊刑。 |
翻訳文九年たっても、功績は成らなかった。 舜は五常の教えを慎んで示すと、五常はよく守られた。政務を任せると、政務は整然と進んだ。四方の門の賓客を迎えると、門は厳かであった。大きな山麓に入れても、激しい風雨にも迷わなかった。 正月の吉日に、文祖の廟で帝位の継承を受けた。北斗七星の玉飾りを用いて七政を整えた。天の神に類祭を行い、六宗を祀り、山川を望祭し、すべての神々を遍祭した。五種の玉器を捧げ、一ヶ月かけて吉日を選び、四岳や諸侯たちに謁見し、玉器を諸侯に分け与えた。 その年の二月、東を巡察して泰山に至り、積み柴を焚いて山川を望祭し、東方の諸侯に謁見した。季節や月日を統一し、音律・尺度・量器・衡器を同じくした。五礼・五玉・三帛・二生(生きた鳥獣)・一死(死んだ獣)の貢物を整え、五器を揃えてから帰還した。 帰還後、始祖の廟に至り、特別な犠牲を捧げた。 象徴的な刑罰を示した。流刑で五刑を寛大にした。鞭打ちは官吏の刑罰、杖打ちは教育の刑罰、金銭は贖罪の刑罰とした。過失や災害は赦免し、故意の犯罪には厳罰を加えた。 解説この一節は『尚書』(書経)の「舜典」に基づく、堯帝から舜帝への禅譲の物語です。以下の点が重要です:
Translation took 2800.0 seconds. |
| 「欽哉!欽哉!惟刑之卹哉!」 流共工于幽州,放驩兜于崇山,竄三苗于三危,殛鯀于羽山,四罪而天下咸服。 二十有八載,放勛乃殂落,百姓如喪考妣,三載,四海遏密八音。 月正元日,舜格于文祖。詢于四岳,辟四門,明四目,達四聰。 咨十有二牧,曰:「食哉!惟時柔遠能邇,惇德允元,而難任人,蠻夷率服。」 舜曰:「咨!四岳!有能奮庸,熙帝之載,使宅百揆,亮采惠疇?」 僉曰:「伯禹作司空。」 帝曰:「俞,咨!禹,汝平水土,惟時懋哉!」 禹拜稽首,讓于稷、契暨皋陶。 帝曰:「俞,汝往哉!」 帝曰:「弃。黎民阻飢。汝后稷,播時百穀。」 帝曰:「契。百姓不親,五品不遜。汝作司徒,敬敷五教,[五教]在寬。」 帝曰:「皋陶。蠻夷猾夏,寇賊奸宄。汝作士,五刑有服,五服三就;五流有宅,五宅三居。惟明克允。」 帝曰:「疇若予工?」 僉曰:「垂哉。」 帝曰:「俞。咨!垂,汝共工。」 垂拜稽首,讓于殳斨暨伯與。 帝曰:「俞,往哉。汝諧(偕)。」 帝曰:「疇若予上下草木鳥獸?」 僉曰:「益哉!」 帝曰:「俞。咨!益,汝作朕虞。」 益拜稽首,讓于朱、虎、熊、羆。 帝曰:「俞,往哉!汝諧(偕)。」 帝曰:「咨,四岳。有能典朕三禮?」 |
翻訳文「慎しめよ!慎しめよ!刑罰を憐れむことを忘れるな!」 共工を幽州に流罪とし、驩兜を崇山に追放し、三苗を三危に配流し、鯀を羽山で誅殺した。この四つの罪を罰したことで、天下はことごとく服従した。 二十八年後、放勛(堯)が死去すると、民衆は父母を失ったかのように悲しみ、三年の間、天下では音楽や祝い事がすべて止んだ。 正月の元日、舜は文祖の廟に行った。四岳(四方の諸侯)に諮問し、四方の門を開き、四方の見通しを明らかにし、四方の声を広く聞いた。 十二州の牧(長官)に命じて言った。「食糧を確保せよ!時節をわきまえ、遠方を和らげ近くを治め、徳を厚くし民を信じ、奸臣を遠ざけよ。そうすれば蛮夷も従うだろう。」 舜は言った。「四岳よ、奮起して功績を立て、帝(堯)の事業を輝かせ、百官を統率し、政務を明らかにして人々を恵む者はいるか?」 一同は答えた。「伯禹が司空(土木長官)です。」 帝(舜)は言った。「よろしい。禹よ、お前は水土を治めた。今こそ励め!」 禹は額を地につけて拝礼し、稷(后稷)と契、そして皋陶に辞退を申し出た。 帝は言った。「よろしい、お前が行け!」 帝は言った。「弃(后稷)よ、民は飢えに苦しんでいる。お前は后稷(農官)として、百穀を播種せよ。」 帝は言った。「契よ、民は親睦せず、五品(父子・君臣・夫婦・長幼・朋友の道)が乱れている。お前は司徒(教育長官)として、五教(五倫の教え)を敬って施せ。ただし寛容をもって行え。」 帝は言った。「皋陶よ、蛮夷が中国を乱し、盗賊や反逆者がはびこっている。お前は士(司法長官)として、五刑(墨・劓・剕・宮・大辟)を適用し、五つの服罪(刑罰の執行)を三箇所(野・市・朝)で行え。五流(流刑の五等級)には住居を定め、五つの住居を三地域(遠・中・近)に分けよ。明察をもって公正たれ。」 帝は言った。「私の工(工匠)を治める者は誰か?」 一同は答えた。「垂です。」 帝は言った。「よろしい。垂よ、お前が共工(工匠長官)となれ。」 垂は額を地につけて拝礼し、殳斨と伯與に辞退を申し出た。 帝は言った。「よろしい、行け。お前たちは協力せよ。」 帝は言った。「上下の草木鳥獣を治める者は誰か?」 一同は答えた。「益です!」 帝は言った。「よろしい。益よ、お前が朕の虞(山林官)となれ。」 益は額を地につけて拝礼し、朱、虎、熊、羆に辞退を申し出た。 帝は言った。「よろしい、行け!お前たちは協力せよ。」 帝は言った。「四岳よ、朕の三礼(天・地・人の礼)を司る者はいるか?」 解説この一節は『尚書』(書経)の「舜典」に基づくもので、堯から舜への禅譲直後の統治を描いています。主な内容と背景を以下に簡潔に説明します:
この一節は、古代中国における「聖王」舜の統治を理想化したもので、儒家的な徳治思想の基盤となっています。特に「惟刑之卹哉」(刑罰を憐れむこと)や「五教在寛」(教化は寛容に)などの表現は、厳罰より教化を重んじる思想を反映しています。 Translation took 3151.6 seconds. |
| 僉曰:「伯夷。」 帝曰:「俞,咨!伯,汝作秩宗。夙夜惟寅,直哉惟清。」 伯拜稽首,讓于夔、龍。 帝曰:「俞,往,欽哉!」 帝曰:「夔,命汝典樂,教胄子。直而溫,寬而栗,剛而無虐,簡而無傲。詩言志,歌詠言,聲依詠,律和聲。八音克諧,無相奪倫,神人以和。」 夔曰:「於!予擊石拊石,百獸率舞。」 帝曰:「龍,朕墍讒說殄行,震驚朕師。命汝作納言,夙夜出納朕命,惟允。」 帝曰:「咨!汝二十有二人,欽哉!惟時亮天功。」 三載考績,三考黜陟幽明,庶績咸熙。 分北三苗。 舜生三十徵庸,三十在位,五十載,陟方乃死。 |
翻訳文一同が言った。「伯夷でございます。」 帝(舜)が言われた。「よろしい。おお、伯よ、そなたを秩宗(祭祀の長官)とせよ。朝夕慎み敬い、心を正しくして清らかであれ。」 伯夷は額を地につけて拝礼し、夔(き)と龍に辞退しようとした。 帝は言われた。「よろしい。赴いて職務を慎み勤めよ。」 帝は言われた。「夔よ、そなたに楽を司らせ、貴族の子弟を教えよ。(彼らを)正直でかつ温和に、寛大でかつ謹厳に、剛毅でかつ苛酷でなく、簡素でかつ傲慢でないようにせよ。詩は志を述べ、歌は言葉を詠み、音声は詠唱に従い、音律は音声を調和させる。八種類の楽器の音が調和し、互いに順序を乱すことなく、神と人とが和合するように。」 夔は言った。「ああ!私が石磬(せきけい)を打ち鳴らせば、百獣も皆踊りだすでしょう。」 帝は言われた。「龍よ、私は偽りの言葉や善行を絶つ行為を憎む。それは我が民衆を震撼させる。そなたを納言(上意下達の官)とせよ。朝夕、私の命令を伝達せよ。ただ誠実であれ。」 帝は言われた。「おお、そなたたち二十二人よ、慎んで職務を果たせ!常に天の業績を補佐せよ。」 三年ごとに業績を考査し、三度の考査(九年)で愚かな者を退け賢い者を昇進させた。こうして多くの業績はすべて栄えた。 三苗(さんびょう)の部族を分離させた。 舜は三十歳で登用され、三十年間在位し、五十年後に南方巡行中に死去した。 解説
Translation took 1881.0 seconds. |
| input text ../document/尚書\002_尚書_舜典.txt | 現代日本語 translated text |
| 舜典 虞舜側微,堯聞之聰明,將使嗣位,歷試諸難,作《舜典》。 曰若稽古,帝舜曰重華,協于帝。濬哲文明,溫恭允塞,玄德升聞,乃命以位。 慎徽五典,五典克從;納于百揆,百揆時敘;賓于四門,四門穆穆;納于大麓,烈風雷雨弗迷。帝曰:「格!汝舜。詢事考言,乃言厎可績,三載。汝陟帝位。」舜讓于德,弗嗣。正月上日,受終于文祖。 在璿璣玉衡,以齊七政。肆類于上帝,禋于六宗,望于山川,徧于群神。輯五瑞。既月乃日,覲四岳群牧,班瑞于群后。 歲二月,東巡守,至于岱宗,柴。望秩于山川,肆覲東后。協時月正日,同律度量衡。修五禮、五玉、三帛、二生、一死,贄。如五器,卒乃復。五月南巡守,至于南岳,如岱禮。八月西巡守,至于西岳,如初。十有一月朔巡守,至于北岳,如西禮。歸,格于藝祖,用特。五載一巡守,群后四朝。敷奏以言,明試以功,車服以庸。 肇十有二州,封十有二山,濬川。 象以典刑,流宥五刑,鞭作官刑,扑作教刑,金作贖刑。眚災肆赦,怙終賊刑。欽哉,欽哉,惟刑之恤哉!流共工于幽洲,放驩兜于崇山,竄三苗于三危,殛鯀于羽山,四罪而天下咸服。 二十有八載,帝乃殂落。百姓如喪考妣,三載,四海遏密八音。 月正元日,舜格于文祖,詢于四岳,闢四門,明四目,達四聰。「咨,十有二牧!」曰,「食哉惟時!柔遠能邇,惇德允元,而難任人,蠻夷率服。」 |
翻訳文舜典 虞舜はもともと卑しい身分であったが、堯は彼の聡明さを聞き知り、帝位を継がせようとして、さまざまな難題で試した。これが『舜典』の由来である。 さて、古のことを考えると、帝舜は重華と呼ばれ、堯帝と調和していた。深い知恵と輝かしい徳を持ち、温厚で恭謙、誠実に満ちていた。その神秘的な徳が天に届くと、ついに帝位が授けられた。 舜はまず五常の教えを慎重に整え、五常はよく守られた。次に百官の統括を委ねると、すべての政務は秩序正しく進んだ。四方の門で賓客を迎えると、門は厳かで整然とした。さらに大きな山麓に入ると、激しい風雨や雷にも迷わなかった。堯帝は言われた。「来たれ、舜よ。お前の事績と言動を調べたところ、お前の言葉は実績に結びつき、三年が経った。お前が帝位につけ。」舜は徳のある者に譲ろうとしたが、継承しなかった。正月の吉日に、文祖(堯の祖廟)で帝位継承の儀式を行った。 璿璣玉衡(天文観測器)を用いて七政(日月と五星)の運行を整えた。そして上帝(天帝)を祀り、六宗(天地四方の神)に潔い供物を捧げ、山川を遥拝し、あらゆる神々を遍く祭った。五瑞(諸侯の玉器)を集め、月が満ちて日を選び、四岳や諸侯の長と会見し、瑞玉を諸侯に授けた。 即位二年目の二月、東へ巡行して岱宗(泰山)に至り、いけにえを焼いて天を祭った。山川を順序立てて遥拝し、東方の諸侯と会見した。季節や月日を統一し、音律や度量衡を一致させた。五礼(吉凶軍賓嘉の礼)や五玉、三帛、二生(生きた家畜)、一死(死んだ動物)などの貢物を整え、儀式が終わると帰還した。五月に南巡行して南岳(衡山)に至り、泰山と同様の礼を行った。八月に西巡行して西岳(華山)に至り、同じ儀式を繰り返した。十一月の朔日(ついたち)に北巡行して北岳(恒山)に至り、西岳と同様の礼を行った。帰還後、藝祖(始祖の廟)で一頭の牛をいけにえとして捧げた。五年に一度巡行し、諸侯は四年ごとに朝廷に参集した。言葉で政務を報告させ、功績で明確に試し、車や服で功労を表彰した。 十二州を創設し、十二の山を神聖な山として封じ、川を深く浚った。 象徴的な刑罰を定め、流刑で五刑(墨・劓・剕・宮・大辟)を寛大に扱い、鞭打ちを官吏の刑罰、杖打ちを教育刑、金銭で贖罪を可能とした。過失による災いは赦し、悪意の犯罪には厳罰を科した。「慎しめよ、慎しめよ、刑罰には常に哀れみを持て!」共工を幽洲に流罪とし、驩兜を崇山に追放し、三苗を三危に移し、鯀を羽山で処刑した。この四凶の罪を罰して天下はことごとく服従した。 二十八年が経つと、堯帝は崩御した。民衆は父母を失ったように悲しみ、三年間、天下では音楽が絶えた。 正月の元日、舜は文祖の廟に至り、四岳に諮問し、四方の門を開き、四方の見聞を広げて聡明さを示した。「おお、十二州の牧(長官)よ!」と言われた。「食糧生産は時を守れ!遠方を柔和に扱い近くをよく治め、厚い徳と誠実さを重んじ、奸臣を遠ざけよ。そうすれば蛮夷も従うであろう。」 解説
この章は、舜を「聖王」として理想化し、徳治・儀礼・法治の調和を描くことで、儒教的政治哲学の基盤を形成した。特に試練と業績評価は、能力主義社会の先駆的記録として注目される。 Translation took 4315.0 seconds. |
| 舜曰:「咨,四岳!有能奮庸熙帝之載,使宅百揆亮采,惠疇?」僉曰:「伯禹作司空。」帝曰:「俞,咨!禹,汝平水土,惟時懋哉!」禹拜稽首,讓于稷、契暨皋陶。帝曰:「俞,汝往哉!」 帝曰:「棄,黎民阻飢,汝后稷,播時百穀。」 帝曰:「契,百姓不親,五品不遜。汝作司徒,敬敷五教,在寬。」 帝曰:「皋陶,蠻夷猾夏,寇賊姦宄。汝作士,五刑有服,五服三就。五流有宅,五宅三居。惟明克允!」 帝曰:「疇若予工?」僉曰:「垂哉!」帝曰:「俞,咨!垂,汝共工。」垂拜稽首,讓于殳斨暨伯與。」帝曰:「俞,往哉!汝諧。」 帝曰:「疇若予上下草木鳥獸?」僉曰:「益哉!」帝曰:「俞,咨!益,汝作朕虞。」益拜稽首,讓于朱虎、熊羆。帝曰:「俞,往哉!汝諧。」 帝曰:「咨!四岳,有能典朕三禮?」僉曰:「伯夷!」帝曰:「俞,咨!伯,汝作秩宗。夙夜惟寅,直哉惟清。」伯拜稽首,讓于夔、龍。帝曰:「俞,往,欽哉!」 帝曰:「夔!命汝典樂,教冑子,直而溫,寬而栗,剛而無虐,簡而無傲。詩言志,歌永言,聲依永,律和聲。八音克諧,無相奪倫,神人以和。」夔曰:「於!予擊石拊石,百獸率舞。」 帝曰:「龍,朕堲讒說殄行,震驚朕師。命汝作納言,夙夜出納朕命,惟允!」 |
翻訳文舜が言った:「おお、四岳(四方の諸侯)よ!奮い立って功績を上げ、帝(堯)の事業を栄えさせ、百揆(宰相の職務)を担当して采(政務)を明らかにし、民に恵みを与える者はいるか?」一同が答えた:「伯禹(禹)が司空(土木長官)です。」帝(舜)が言った:「よし、おお!禹よ、お前は水土(治水)を平定した。今こそ励め!」禹は額を地につけて拝礼し、稷(后稷)と契(殷の始祖)および皋陶(司法官)に役職を譲ろうとした。帝が言った:「よし、お前が行け!」 帝が言った:「棄(后稷)よ、民は飢えに苦しんでいる。お前は后稷(農耕長官)として、百穀(あらゆる穀物)を播種せよ。」 帝が言った:「契よ、人々は親睦せず、五品(父子・君臣・夫婦・長幼・朋友の倫理)が乱れている。お前は司徒(教育長官)として、五教(五品の教え)を敬って広め、寛容をもって行え。」 帝が言った:「皋陶よ、蛮夷(異民族)が夏(中原)を侵し、略奪や反乱が起きている。お前は士(司法長官)として、五刑(五種類の刑罰)を適用し、五服(刑罰の軽重)に三就(三つの執行場所)を設けよ。五流(五種類の流刑)には住居を与え、五宅(流刑地)に三居(三つの隔離地)を定めよ。明察をもって公正であれ!」 帝が言った:「誰が工(手工業)を統括できるか?」一同が答えた:「垂です!」帝が言った:「よし、おお!垂よ、お前は共工(手工業長官)となれ。」垂は拝礼し、殳斨と伯與に譲ろうとした。帝が言った:「よし、行け!お前こそ適任だ。」 帝が言った:「誰が天地の草木鳥獣(山林川沢の管理)を統括できるか?」一同が答えた:「益です!」帝が言った:「よし、おお!益よ、お前は朕の虞(山林長官)となれ。」益は拝礼し、朱虎と熊羆に譲ろうとした。帝が言った:「よし、行け!お前こそ適任だ。」 帝が言った:「おお!四岳よ、誰が朕の三礼(天・地・人の礼儀)を司れるか?」一同が答えた:「伯夷です!」帝が言った:「よし、おお!伯夷よ、お前は秩宗(礼儀長官)となれ。朝夕慎み敬い、正直で清らかであれ。」伯夷は拝礼し、夔と龍に譲ろうとした。帝が言った:「よし、行け、謹んで務めよ!」 帝が言った:「夔よ!汝に楽(音楽)を司らせ、冑子(貴族の子弟)を教えよ。真っ直ぐで温厚に、寛容で厳粛に、剛毅で残酷さなく、簡素で傲慢なく。詩は志を表し、歌は言葉を永くし、音声は旋律に従い、音律は音声を調和させる。八音(楽器)が調和し、順序を乱さず、神と人とが和合するように。」夔が答えた:「はっ!私は石磬を叩き鳴らせば、百獣も踊り出すでしょう。」 帝が言った:「龍よ、朕は讒言や悪行を憎む。それは朕の民を震撼させる。汝を納言(伝令長官)とし、朝夕朕の命令を伝達せよ。ただ公正であれ!」 解説この一節は『尚書』(書経)の「舜典」に収録された、舜帝が臣下に役職を任命する場面です。以下の特徴があります: - 背景:堯帝から禅譲を受けた舜が、社会の各分野(治水・農業・教育・司法・手工業・山林管理・礼儀・音楽・情報伝達)を専門家に分担させ、理想的な統治を目指す様子を描いています。 - 構造的特徴: - 「帝曰」で始まる舜の問いかけと、「僉曰」による臣下の推薦、任命と辞退の儀礼(「拜稽首」)、舜の激励(「往哉」「汝諧」)が繰り返され、リズミカルな展開です。 - 各任命には具体的な職務内容(例:后稷への「播時百穀」=穀物の播種)と倫理的要請(例:契への「在寬」=寛容を旨とせよ)が明記され、古代中国の「徳治」思想を反映。 - 文化的意義: - 「五教」「五刑」など数字を用いた分類は、儒教的な秩序観の原型を示します。 - 夔の音楽教育論(「詩言志」以降)は、中国芸術理論の基盤となり、特に「八音克諧」は調和の重要性を象徴。 - 人物(禹・后稷・伯夷など)は後の王朝の始祖として尊ばれ、歴史的連続性を強調。 - 現代語訳の方針: - 固有名詞(舜・禹など)は原形を保持し、役職名(司空・司徒など)は現代日本語で分かりやすく説明を補足。 - 古語(「咨」→「おお」、「俞」→「よし」)は感嘆詞として訳出。 - 倫理用語(「五品不遜」→「倫理が乱れている」)は概念を平易に再現。 - 韻文的表現(「直而溫,寬而栗」)は対句構造を保ちつつ、自然な口語に変換。 Translation took 3279.7 seconds. |
| 帝曰:「咨!汝二十有二人,欽哉!惟時亮天功。」 三載考績,三考,黜陟幽明,庶績咸熙。分北三苗。 舜生三十徵庸三十,在位五十載,陟方乃死。 帝釐下土,方設居方,別生分類。作《汨作》、《九共》九篇、《槀飫》。 |
翻訳文帝は言った。「おお、そなたら二十二人よ、慎みなさい。ただ時に応じて天の功業を明らかにしなさい。」 三年ごとに業績を考査し、三回の考査(九年)の後、暗愚な者を罷免し、賢明な者を昇進させる。そうしてすべての業績が栄える。三苗を分離させた。 舜は三十歳で登用され、在位五十年、地方に巡行して死んだ。 帝は天下を治め、方法を設けて居住地を定め、氏族を区別し種族を分類した。そして『汨作』、『九共』九篇、『槀飫』を作った。 解説この一節は『尚書』(中国最古の歴史書、五経の一つ)の「舜典」に基づくもので、帝舜の統治を記述しています。主なポイントは以下の通りです: - 業績評価システム:三年ごとの考査を三回(計九年)行い、能力に応じて官吏を昇進・罷免する制度が確立されました。これにより「庶績咸熙」(すべての業績が栄える)という理想的な統治が実現されています。 - 三苗の処置:「三苗」は古代中国の部族で、反乱や不服従を繰り返したため「分北」(分離・移住)させられました。これは地域安定化政策を示しています。 - 舜の生涯:舜は三十歳で登用され、五十年間在位した後、巡行中に死去したと簡潔にまとめられています。ここでの「陟方」は、君主が地方を視察する行為を指します。 - 統治政策:帝舜は居住区画の整備や氏族の分類を通じて社会秩序を構築し、『汨作』『九共』『槀飫』といった文書を編纂しました。これらは行政規範や詩篇とされ、古代中国の法典的役割を持ちます。 全体として、この節は「天の功業」を実現するための具体的な統治理念(能力主義・社会整備・文治)を描いており、儒家的な理想政治の原型として重視されています。 Translation took 2485.7 seconds. |
| input text ../document/尚書\004_尚書_皋陶謨.txt | 現代日本語 translated text |
| 皋陶謨 曰若稽古皋陶,曰:「允迪(由)厥德,謨明弼諧。」禹曰:「俞,如何?」皋陶曰:「都!慎厥身,修思永。惇敘九族,庶明勵翼,邇可遠在兹。」禹拜昌言曰:「俞。」 皋陶曰:「都!在知人,在安民。」禹曰:「吁!咸若時,惟帝其難(戁)之。知人則哲,能官人;安民則惠,黎民懷之。能哲而惠,何憂乎驩兜?何遷乎有苗?何畏乎巧言令色孔壬?」 皋陶曰:「都!亦行有九德,亦言其人有德,乃言曰:載采采。」禹曰:「何?」皋陶曰:「寬而栗,柔而立,愿而恭,亂而敬,擾而毅,直而溫,簡而廉,剛而塞(㥶),彊而義。彰厥有常,吉哉。日宣三德,夙夜浚(俊)明有家。日嚴祗敬六德,亮采有邦。翕受敷施九德,咸事(使)俊乂在官,百僚、師師、百工。惟時撫于五辰,庶績其凝。無教逸欲有邦,兢兢業業,一日二日萬幾。無曠庶官,天工(功)人其代(飭)之。天敘有典,勑我五典五惇哉。天秩有禮,自我五禮五庸(用)哉。同寅協恭和衷哉。天命有德,五服五章哉;天討有罪,五刑五用哉。政事懋哉懋哉。天聰明,自我民聰明;天明畏(威),自我民明威。達于上下,敬哉有土!」 皋陶曰:「朕言惠可厎行?」禹曰:「俞,乃言厎可績。」皋陶曰:「予未有知,思曰贊贊襄哉。」 帝曰:「來,禹。汝亦昌言。」禹拜曰:「都,帝。予何言?予思日孜孜。」皋陶曰:「吁!如何?」禹曰:「洪水滔天,浩浩懷山襄陵;下民昏墊。予乘四載,隨(墮)山刊木,暨益奏庶鮮食。予決九川,距四海,浚畎澮,距川。暨稷播奏庶艱食,鮮食,懋(貿)遷有無化(貨)居。烝民乃粒(立),萬邦作乂。」皋陶曰:「俞,師汝昌言。」禹曰:「都,帝。慎乃在位。」帝曰:「俞。」禹曰:「安汝止,惟幾惟康,其弼直(德),惟動丕應。徯志以昭(紹)受上帝,天其申命用休。」 |
翻訳文皋陶の謨 昔の皋陶を考察すると、彼は言った。「真にその徳に従えば、謀略は明らかになり、補佐は調和する。」禹が言った。「はい、どうすればよいか?」皋陶は言った。「さあ! 自らを慎み、修養を永く思え。九族を厚く序列づけ、多くの賢人を励まし補佐させよ。近くから遠くまで、これによって可能となる。」禹はこの立派な言葉を拝して言った。「はい。」 皋陶は言った。「さあ! 人を知ることと、民を安んずることにある。」禹は言った。「ああ! すべてがこのようであれば、帝でさえ難しいだろう。人を知れば聡明であり、人を官職に就けられる。民を安んずれば恵み深く、民衆は懐く。聡明で恵み深ければ、どうして驩兜を憂えようか? どうして有苗を移そうか? どうして巧言令色の奸臣を畏れようか?」 皋陶は言った。「さあ! 行いには九つの徳があり、その人に徳があると言うなら、こう言うのだ:『事績を載せよ』と。」禹が「何か?」と問うと、皋陶は言った。「寛大でありながら厳粛、柔和でありながら自立、誠実でありながら恭謙、治めながら慎重、柔軟でありながら果断、率直でありながら温和、簡素でありながら廉潔、剛毅でありながら充実、強靭でありながら正義。これらを常に明らかにすれば、吉祥である。日に三徳を発揮すれば、朝夕に聡明となり家を保てる。日に六徳を厳かに敬えば、采地を明らかにし国を治められる。九徳を広く受け施せば、すべての官職に才能ある者を置き、百官が互いに師となり、あらゆる職務が成る。時に従って五辰(五行)を撫でれば、多くの業績が固まる。国にあって安逸や欲望を教えるな、兢兢業業(慎重に勤勉に)であれ、一日二日で万事が起こる。官職を空けるな、天の業を人が代行するのだ。天の秩序には典則があり、我々の五典を五つ厚くせよ。天の序列には礼があり、我々の五礼を五つ用いよ。共に敬い協力し和して衷(真心)を一つにせよ。天は徳ある者に命じ、五服で五つに章(紋章)を与える。天は罪ある者を討ち、五刑で五つに用いる。政事は励め、励め! 天の聡明は我々の民の聡明から、天の威厳は我々の民の威厳から。上下に通じ、土地を持つ者は敬え!」 皋陶は言った。「私の言葉は確かに実行できるか?」禹は言った。「はい、あなたの言葉は確かに業績を上げられる。」皋陶は言った。「私はまだ知らないが、ひたすら補佐し助けたいと思う。」 帝(舜)が言った。「来たれ、禹。お前も立派な言葉を述べよ。」禹は拝して言った。「さあ、帝よ。私は何を言おう? ただ日々努力することを思う。」皋陶が「ええ、どうするのか?」と言うと、禹は言った。「洪水が天まで滔き、山を包み陵を覆った。民は溺れ苦しんだ。私は四種の乗り物で山を削り木を切り、益と共に民に新鮮な食料を供した。九つの川を決壊させ海まで導き、溝渠を浚って川に至らせた。稷と共に民に穀物を播き、艱難な食料や新鮮な食料を供し、有無を交易し物資を流通させた。民はようやく安定し、万国は治まった。」皋陶は言った。「はい、あなたの立派な言葉に従おう。」禹は言った。「さあ、帝よ。あなたの在位を慎しめ。」帝は「はい」と言った。禹は言った。「あなたの心を安んじ、危機と平安を考え、補佐は直(徳)であれ。行動すれば大いに応じる。志を待って上帝の命を受け継げば、天は繰り返し命じて美しさを与えよう。」 解説この一節は『尚書』の「皋陶謨」篇で、帝舜の賢臣・皋陶(こうよう)と禹(う)の対話を中心に、理想的な統治理念を記述しています。主なポイントは以下の通りです:
この篇は儒教政治思想の源流とされ、徳による統治・民意の尊重・官僚制度の確立といった後世の中国政治哲学に決定的な影響を与えました。特に「九徳」は『論語』の君子像にも通じ、東アジアのリーダーシップ論の原型となっています。 Translation took 5448.3 seconds. |
| 帝曰:「吁!臣哉,鄰哉!鄰哉,臣哉!」禹曰:「俞。」帝曰:「臣作朕股肱耳目,予欲左右有民,汝翼。予欲宣力四方,汝爲。予欲觀古人之象,日、月、星辰;山、龍、華蟲、作會宗彝、藻、火;粉米、黼、黻、絺、繡,以五采(彩)彰施于五色作服,汝明。予欲聞六律、五聲、八音、在〈七〉治(始),忽以出納(入)五言,汝聽。予違,汝弼。汝無面從,退有後言。欽四鄰。庶頑讒說,若不在時,侯以明之,撻以記(誋)之;書用識哉,欲並生(省)哉。工以納言,時而揚之。格則承之庸(用)之,否(丕)則威之。」 禹曰:「俞哉,帝!光(廣)天之下,至于海隅蒼生,萬邦黎獻,共惟帝臣。惟帝時舉,敷納以言,明庶以功,車服以庸(用)。誰敢不讓,敢不敬應?帝不時,敷同日奏罔功。無若丹朱敖,惟慢遊是好,敖虐是作,罔晝夜頟(詻)頟(詻),罔水行舟,朋(風)淫于家,用殄厥世,予創若時。娶于塗山,辛壬癸甲,啟呱呱而泣,予弗子,惟荒度土功。弼成五服,至于五千;州十有二師,外薄四海,咸建五長。各迪(由)有功,苗頑弗即工。帝其念哉。」帝曰:「迪(由)朕德,時乃功惟敘。皋陶方(旁)祗厥敘,方(旁)施象刑惟明。 夔曰:「戛擊鳴球,搏拊琴瑟以詠,祖考來格,虞(迓)賓在位,羣后德讓。下管鼗鼓,合止柷敔,笙鏞以間;鳥獸蹌蹌。《簫韶》九成,鳳皇來儀。」夔曰:「於!予擊石拊石,百獸率舞,庶尹允諧。」 |
帝は言われた。「ああ、臣よ、近くにいる者よ!近くにいる者よ、臣よ!」禹は答えた。「はい。」帝は続けて言われた。「臣たちは私の手足となり目や耳となる。私は民を導こうと思うので、お前たちは助けよ。四方に力を示そうと思うので、お前たちは行え。私は古人の模様を見たい──太陽、月、星々、山、龍、華やかな鳥、宗廟の器に描く藻、火、粉米、斧の模様、青黒の刺繍、細かい絹の刺繍。これら五色の彩りで五色の衣服を鮮やかに飾るのだ、お前たちは明らかにせよ。私は六律・五声・八音の調べを聞きたい。政治の始めに、五言(善悪の言葉)が出たり入ったりするのを、お前たちは聴け。私に過ちがあれば、お前たちは正せ。面と向かって従いながら、退いて後で文句を言うな。四隣(側近)を敬え。頑固で讒言する者が、これに従わぬなら、的を射て明らかにし、打って覚えさせよ。書いて記録せよ、共に生きる道を省みさせるために。職人は意見を取り入れ、時に応じて表彰せよ。従う者は受け入れ用いよ、従わぬ者は威圧せよ。」 禹は言った。「はい、帝よ!広大な天の下、海の隅の民まで、万国の賢人たちは皆、帝の臣です。帝が時に応じて挙用し、言葉で広く受け入れ、功績で民を明らかにし、車や衣服で報いるなら、誰が譲らず、敬って応じないことがありましょうか?帝が時をわきまえぬなら、同じ日に奏上しても功績はありません。丹朱のように傲慢であってはなりません。彼は怠惰な遊びを好み、傲慢で暴虐な行いをし、昼夜問わず騒ぎ立て、水がないのに舟をこぎ、家で淫らなことをして、その世を絶やしました。私はこれを戒めます。塗山の娘を娶った時も、辛の日から甲の日まで(四日間のみ)で、啓が呱々と泣いても顧みず、ただ土地の治水事業に全力を尽くしました。五服(行政区分)を整えて五千余里に至り、十二州に師(長官)を置き、外は四海に至るまで五長(統治者)を建てました。皆功績に従いましたが、苗族の頑固者は従いません。帝よ、どうかお考えください。」帝は言われた。「私の徳によるのだ、お前の功績が秩序をもたらした。皋陶は広くこの秩序を敬い、広く象刑(模範的な刑罰)を施して明らかにした。」 夔は言った。「軽く打ち鳴らす玉磬、はじく琴や瑟に合わせて詠うと、祖先の霊が降臨し、賓客は席につき、諸侯は徳をもって譲り合う。下では鼗鼓を吹き、柷で始め敔で止め、笙や鏞鐘が間に響く。鳥や獣も踊り出す。《簫韶》の楽が九章終わると、鳳凰が舞い降りた。」夔は続けた。「ああ!私が石磬を打ち鳴らすと、百獣も皆踊り、役人たちは実に調和した。」 解説: - この一節は『尚書』益稷篇の一部で、舜帝と禹・夔ら臣下の対話です。前段の続きとして、君臣の関係性や統治理念が描かれています。 - 翻訳のポイント: - 古典中国語を現代日本語に平易化(例:「股肱耳目」→「手足となり目や耳」)。 - 固有名詞は原意を保持(例:「丹朱」は堯の不肖の子、「塗山」は禹の妻の出身地)。 - 文化的概念を説明を含めて訳出(例:「五服」は当時の行政区分、「象刑」は模範的刑罰)。 - 修辞的表現の再現(例:反復「鄰哉,臣哉」→「近くにいる者よ、臣よ」)。 - 音楽描写(夔の箇所)はリズム感を重視し、儀礼の荘厳さを表現。 - 背景解説: - 主題は「君臣の協働」:帝舜が臣下に求める忠誠(「汝弼=正せ」)と、禹の実践的功績が対比されています。 - 丹朱の逸話は悪政の戒め、塗山の記述は禹の自己犠牲を強調。 - 夔の音楽描写は、徳治による自然界との調和を象徴し、『尚書』の「天人合一」思想を反映。 - 「五采」「五色」等の数字は古代中国の宇宙観(五行思想)に基づきます。 Translation took 2626.2 seconds. |
| 帝庸作歌,曰:「勑天之命,惟時惟幾。」乃歌曰:「股肱喜哉,元首起哉,百工熙哉。」皋陶拜手稽首,颺言曰:「念哉!率作興事,慎乃憲,欽哉!屢省乃成,欽哉!」乃賡載歌曰:「元首明哉,股肱良哉,庶事康哉!」又歌曰:「元首叢脞哉,股肱惰哉,萬事墮哉!」帝拜曰:「俞,往欽哉!」 |
翻訳文帝は歌を作り、言った:「天の命令を敬い、時を守り、機会を慎むように。」そこで歌った:「大臣たちが喜べば、君主が奮い立ち、百官の仕事が栄える。」 解説この一節は『尚書』(書経)の「益稷」篇に収録された、帝舜と賢臣・皋陶(こうよう)の対話です。前文に続き、君臣の調和や統治の原則を歌と戒めで表現しています。 Translation took 2089.1 seconds. |
| input text ../document/尚書\005_尚書_益稷.txt | 現代日本語 translated text |
| 益稷 帝曰:「來,禹!汝亦昌言。」禹拜曰:「都!帝,予何言?予思日孜孜。」皋陶曰:「吁!如何?」禹曰:「洪水滔天,浩浩懷山襄陵,下民昏墊。予乘四載,隨山刊木,暨益奏庶鮮食。予決九川,距四海,濬畎澮距川;暨稷播,奏庶艱食鮮食。懋遷有無,化居。烝民乃粒,萬邦作乂。」皋陶曰:「俞!師汝昌言。」 禹曰:「都!帝,慎乃在位。」帝曰:「俞!禹曰:「安汝止,惟幾惟康。其弼直,惟動丕應。徯志以昭受上帝,天其申命用休。」 帝曰:「吁!臣哉鄰哉!鄰哉臣哉!」禹曰:「俞!」 帝曰:「臣作朕股肱耳目。予欲左右有民,汝翼。予欲宣力四方,汝為。予欲觀古人之象,日、月、星辰、山、龍、華蟲作會;宗彝、藻、火、粉米、黼、黻,絺繡,以五采彰施于五色,作服,汝明。予欲聞六律五聲八音,在治忽,以出納五言,汝聽。予違,汝弼,汝無面從,退有後言。欽四鄰!庶頑讒說,若不在時,侯以明之,撻以記之,書用識哉,欲並生哉!工以納言,時而颺之,格則承之庸之,否則威之。」 禹曰:「俞哉!帝光天之下,至于海隅蒼生,萬邦黎獻,共惟帝臣,惟帝時舉。敷納以言,明庶以功,車服以庸。誰敢不讓,敢不敬應?帝不時敷,同,日奏,罔功。」 帝曰:「無若丹朱傲,惟慢遊是好,傲虐是作。罔晝夜頟頟,罔水行舟。朋淫于家,用殄厥世。予創若時,娶于塗山,辛壬癸甲。啟呱呱而泣,予弗子,惟荒度土功。弼成五服,至于五千。州十有二師,外薄四海,咸建五長,各迪有功,苗頑弗即工,帝其念哉!」帝曰:「迪朕德,時乃功,惟敘。」皋陶方祗厥敘,方施象刑,惟明。 夔曰:「戛擊鳴球、搏拊、琴、瑟、以詠。」祖考來格,虞賓在位,群后德讓。下管鼗鼓,合止柷敔,笙鏞以閒。鳥獸蹌蹌;《簫韶》九成,鳳皇來儀。夔曰:「於!予擊石拊石,百獸率舞,庶尹允諧。」 帝庸作歌,曰:「勑天之命,惟時惟幾。」乃歌曰:「股肱喜哉!元首起哉!百工熙哉!」皋陶拜手稽首颺言曰:「念哉!率作興事,慎乃憲,欽哉!屢省乃成,欽哉!」乃賡載歌曰:「元首明哉,股肱良哉,庶事康哉!」又歌曰:「元首叢脞哉,股肱惰哉,萬事墮哉!」帝拜曰:「俞,往欽哉!」 |
翻訳文帝(舜)が言った:「来たれ、禹よ!お前も良い意見を述べよ。」禹は拝礼して言った:「はい!帝よ、私が何を申しましょう?私はただ日々努力を重ねております。」皋陶が言った:「おお、どういうことか?」禹は答えた:「洪水が天まで届き、広大に山を包み丘陵を覆い、民は水に溺れて苦しんでいました。私は四種類の乗り物を使い、山に沿って木を切り開き、益と共に民に新鮮な食料を献上しました。九つの大河を疏通させて海に至らせ、溝渠を深くして川に通じさせ、稷と共に種を蒔き、民に穀物と新鮮な食料を献上しました。物資の有無を流通させ、住居を整えました。こうして民は穀物を得て、万国は治まりました。」皋陶は言った:「その通りだ!お前の言葉に従おう。」 禹は言った:「はい!帝よ、在位において慎重であってください。」帝が言った:「わかった!」禹は続けた:「自身を安んじ、機微と安寧を心がけよ。補佐役は正直者を選び、行動すれば大いに応じるであろう。志を待って明らかに天帝の意思を受けよ、天はさらなる祝福の命令を与えるであろう。」 帝は言った:「おお、臣よ、私の近くにあれ!近くにあれ、臣よ!」禹は答えた:「承知しました!」 帝は言った:「臣は私の手足となり耳目となれ。民を導きたいときはお前が補佐せよ。四方に力を示したいときはお前が行え。古人の模様――日、月、星辰、山、龍、華虫(鳥)を刺繍し、宗廟の器、藻、火、粉米、斧形、亀甲形の文様を五色で施した礼服を見たいときは、お前が明らかにせよ。六律・五声・八音の調べで、治世の善し悪しを聞き、五言(民意)を取り入れ伝えたいときは、お前が聴け。私が過てば諫めよ、面と向かって従いながら陰で非議するな。周囲の者たちを敬え!頑迷な誹謗があれば、それに従わず、誓いで明らかにし、鞭打ちで記憶させ、記録に留めよ、共に生きるためだ!工人は意見を取り入れ、時に公表し、適切なら採用せよ、さもなければ罰せよ。」 禹は言った:「承知しました!帝の光は天の下、海の隅の民にまで及び、万国の賢人たちは皆、帝の臣となります。帝は時に応じて彼らを挙げ、言葉で意見を取り入れ、功績で能力を明らかにし、車や礼服で報いよ。誰が謙譲せず、敬って応じないでしょう?帝が時に応じて行わねば、同じことを毎日奏上しても功績はありません。」 帝は言った:「丹朱のように傲慢になるな。彼は怠惰な遊びを好み、傲慢で暴虐な行いをした。昼夜問わず騒ぎ、水がないのに舟を走らせ、家で集団で淫らにふるまい、その世を絶やした。私はこれを戒め、塗山の娘と結婚したが、辛・壬・癸・甲の四日だけ(で治水に戻った)。啓(息子)が泣いても顧みず、ただ治水事業に全力を注いだ。五服(行政区分)を整えて五千里に至らせ、十二の州に師(長官)を置き、外は海まで及んで五長を立て、各々功績を導いた。苗族の頑迷な者が従わないので、帝は心に留めてください!」帝は言った:「私の徳を導くのはお前の功績だ、秩序をもって。」皋陶はその秩序を敬い、象徴的な刑罰を施して明らかにした。 夔が言った:「石磬を鳴らし、太鼓を打ち、琴・瑟を奏でて歌え。」祖先の霊が来臨し、虞の賓客と諸侯が席につき、互いに徳を譲り合った。下で管楽器と鼗鼓を奏し、柷と敔で始めと終わりを告げ、笙と鐘が交互に響いた。鳥や獣が踊り、《簫韶》の楽が九度奏でられると、鳳凰が来て舞った。夔は言った:「ああ!私は石磬を打ち鳴らせば、百獣が皆踊り、百官は真に調和する。」 (以下は前回翻訳部分と重複) 解説この一節は『尚書』「益稷」篇の核心部分で、帝舜と禹・皋陶らの対話を通じて、古代中国の理想的な統治哲学を描いています。前回の続きとして、以下の点に注目すべきです:
この章は単なる歴史記録ではなく、リーダーの責任(「慎乃在位」)、チームワーク(「股肱耳目」)、システム思考(「敷納以言」=意見収集制度化)を体系的に説いたマネジメント論の古典と言えます。 Translation took 4502.3 seconds. |
| input text ../document/尚書\006_尚書_禹貢.txt | 現代日本語 translated text |
| 禹貢 禹敷土,隨(墮)山刊木,奠高山大川。 冀州 冀州:既載壺口,治梁及岐。既修太原,至于岳陽。覃懷厎績,至于衡(橫)漳。 厥土{惟}白壤,{厥}賦{惟}上上錯,{厥}田{惟}中中。 {黑}恒衛既從,大陸既作。鳥夷皮服。夾右碣石入于河。 兖州 濟、河惟兖州:九河既道(導),雷夏既澤,灉、沮會同。桑土既蠶,是降丘宅土。 厥土黑墳。{厥}草{惟}繇,{厥}木{惟}條。厥田惟中下,厥賦貞。作十有三載,乃同。 厥貢漆絲,厥篚織文。 浮于濟、漯,達于河。 青州 海、岱惟青州:嵎夷既略,濰、淄其道(導)。 厥土白墳,海濱廣斥。{厥}田{惟}上下,{厥}賦中上。 厥貢鹽、絺,海物惟錯,岱畎絲、枲、鉛、松、怪石。萊夷作牧。厥篚檿絲。 浮于汶,達于濟。 徐州 海、岱及惟徐州:淮、沂其乂,蒙、羽其藝。大野既豬,東原厎平。 厥土赤埴墳。草木漸包。厥田{惟}上中,{厥}賦中中。 {厥}貢{ 惟 }土五色,羽畎夏(華)翟,嶧陽孤桐,泗濱浮磬,淮夷蠙珠暨魚;厥篚玄纖縞。 浮于淮、泗,達于菏。 楊州 淮、海惟楊州:彭蠡既豬,陽鳥攸居;三江既入,震澤厎定。篠簜既敷。{厥}草{惟}夭,{厥}木{惟}喬。厥土惟塗泥。厥田惟下下,厥賦下{上、}上錯。 |
翻訳文禹貢 冀州 兖州 青州 徐州 楊州 解説このテキストは『尚書』(中国最古の歴史書)の「禹貢」篇の一節で、禹王による国土整備と九州の統治を記述しています。主な特徴は以下の通りです: Translation took 2340.9 seconds. |
| 厥貢惟金三品,瑤、琨、篠簜,齒、革、羽、毛{惟木}。島夷卉(草)服。厥篚織貝;厥包橘、柚,錫貢。 沿于江、海,達于淮、泗。 荊州 荊及衡陽惟荊州:江、漢朝宗于海,九江孔殷;沱、潛既道(導),雲土夢作乂。 厥土惟塗泥。厥田惟下中,厥賦上下。 厥貢羽、毛、齒、革,惟金三品,杶、榦、栝、柏,礪、砥、砮、丹,惟箘、簵、楛,三邦厎貢厥名。包匭菁茅;厥篚玄、纁、璣組;九江納(入)錫(賜)大龜。 浮于江、沱、潛、漢,逾于洛,至于南河。 豫州 荊、河惟豫州:伊、洛、瀍、澗既入于河,滎波既豬,導菏澤,被(陂)孟豬。 厥土惟壤,下土墳壚。厥田惟中上,厥賦錯上中。 厥貢漆、枲、絺、紵,厥篚纖、纊,錫貢磬、錯。 浮于洛,達于河。 梁州 華陽、黑水惟梁州:岷、嶓既藝,沱、潛既道(導),蔡蒙旅平,和夷厎績。 厥土青黎,{厥}田{惟}下上,{厥}賦下中三錯。 厥貢璆、鐵、銀、鏤、砮、磬、熊、羆、狐、貍、織皮,西傾因桓是來。 浮于潛,逾于沔,入于渭,亂于河。 雍州 黑水、西河惟雍州:弱水既西,涇屬渭汭,漆、沮既從,灃水攸同。荊、岐既旅,終南、惇物,至于鳥鼠;原隰厎績,至于豬野;三危既宅,三苗丕敘。 厥土惟黃壤,厥田惟上上,厥賦中下。 |
翻訳文その貢ぎ物は金三品(金・銀・銅)、瑤玉(瑪瑙)、琨玉(碧玉)、篠簜(細竹と大竹)、象牙、皮革、鳥羽、獣毛、そして木材である。島の夷人(東方の民族)は草で作った服を着る。その篭(かご)には織貝(貝殻の装飾品)が入り;その包みには橘や柚(ゆず)があり、特別に貢ぐ。 長江と海に沿って進み、淮河(わいが)と泗水(しすい)に至る。 荊州(けいしゅう) 豫州(よしゅう) 梁州(りょうしゅう) 雍州(ようしゅう) 解説このテキストは『尚書(書経)』の「禹貢(うこう)」篇の一節で、古代中国の伝説的な帝王・禹(う)が天下を九州に分け、各州の地理・産物・税制を記述した部分です。 Translation took 3645.5 seconds. |
| 厥貢惟球、琳,琅玕。 浮于積石,至于龍門西河,會于渭汭。 織皮:崐崘、析支、渠搜,西戎即敘。 導山 導岍及岐,至于荊山,逾于河; 壺口、雷首,至于太岳; 厎柱、析城,至于王屋; 太行、恒山,至于碣石,入于海; 西傾、朱圉、鳥鼠,至于太華; 熊耳、外方、桐柏,至于陪尾。 導嶓冢,至于荊山;內方,至于大別; 岷山之陽,至于衡山,過九江,至于敷淺原。 導水 導弱水,至于合黎,餘波入于流沙。 導黑水,至于三危,入于南海。 導河積石,至于龍門,南至于華陰,東至于厎柱,又東至于孟津,東過洛汭,至于大伾;北過降水,至于大陸,{又}北播爲九河,同爲逆河,入于海。 嶓冢導漾,東流爲漢,又東爲滄浪之水,過三澨,至于大別,南入于江;東匯澤爲彭蠡,東爲北江,入于海。 岷山導江,東別爲沱,又東至于澧,過九江,至于東陵,東迤北會于匯,東爲中江,入于海。 導沇水,東流爲濟,入于河,溢爲滎,東出{于}陶丘北,又東至于菏,又東北會于汶,又北東入于海。 導淮自桐柏,東會于泗、沂,東入于海。 導渭自鳥鼠同穴,東會于灃,又東會于涇,{又}東過漆沮,入于河。 導洛自熊耳,東北會于澗、瀍,又東會于伊,又東北入于河。 治績 |
翻訳文その貢ぎ物は球玉、琳玉、琅玕玉である。 山を導く 水を導く 統治の成果 解説
Translation took 2444.1 seconds. |
| 九州攸同,四隩既宅;九山刊旅,九川滌源,九澤既陂。四海會同,六府孔修。庶土交正(征),厎慎財賦,咸則三壤成賦。中邦錫(賜)土姓,祗台(以)德先,不距朕行。 五服 五百里甸服:百里賦納總,二百里納铚,三百里納秸服,四百里粟,五百里米。 五百里侯服:百里采,二百里男邦,三百里諸侯。 五百里綏服:三百里揆文教,二百里奮武衛。 五百里要服:三百里夷,二百里蔡。 五百里荒服:三百里蠻,二百里流。 結語 東漸于海,西被于流沙,朔、南暨聲教,訖于四海。禹錫(賜)玄圭,告厥成功。 |
翻訳文九州は調和し、四方の奥地も定住した。九つの山は開拓され、九つの川は水源が清められ、九つの沼沢は堤防で整備された。四海は一つにまとまり、六つの官庁(吏・戸・礼・兵・刑・工)はよく整えられた。諸地域の税は公平に徴収され、財貨と租税を慎重に扱い、すべて三つの土地等級(上・中・下)に基づいて税が定められた。中央の国は土地と姓を賜り、徳を優先し、私(禹)の命令に背くことはなかった。 五服制度 結語 解説
Translation took 3512.2 seconds. |
| input text ../document/尚書\007_尚書_甘誓.txt | 現代日本語 translated text |
| 甘誓 大戰于甘,乃召六卿。 王曰:「嗟!六事之人,予誓告汝。有扈氏威〈烕—蔑〉侮五行,怠弃三正,天用剿絕其命。今予惟恭行天之罰。左不攻于左,汝不恭命;右不攻于右,汝不恭命;御非其馬之正,汝不恭命。用命,賞于祖;弗用命,戮于社,予則孥戮汝。」 |
翻訳文甘の誓い 解説
Translation took 3409.1 seconds. |
| input text ../document/尚書\010_尚書_湯誓.txt | 現代日本語 translated text |
| 湯誓 王曰:「格爾眾庶,悉聽朕言。非台(以)小子,敢行稱亂;有夏多罪,天命殛之。今爾有眾,汝曰:『我后不恤我眾,舍我穡事而割正〈夏〉{夏}。』予惟聞汝眾言;夏氏有罪,予畏上帝,不敢不正(征)。今汝其曰:『夏罪其如台(何)?』夏王率遏眾力,率割夏邑,有眾率怠弗協。曰:『時日曷喪?予及汝皆亡!』夏德若兹,今朕必往。爾尚輔予一人,致天之罰,予其大賚汝。爾無不信,朕不食言。爾不從誓言,予則孥戮汝,罔有攸赦。」 |
翻訳文湯の誓い 解説
Translation took 3380.9 seconds. |
| input text ../document/尚書\018_尚書_盤庚上.txt | 現代日本語 translated text |
| 盤庚上 盤庚遷于殷,民不適有居。率籲眾戚出矢言。曰:「我王來,既爰(易)宅于兹;重我民,無盡劉。不能胥匡以生。卜稽曰:其如台(何)?先王有服,恪謹(勤)天命;兹猶(由)不常寧,不常厥邑,于今五邦。今不承于古,罔知天之斷命,矧曰其克從先王之烈?若顛木之有由蘗,天其永我命于兹新邑,紹復先王之大業,厎綏四方。」 盤庚斆于民,由乃在位,以常舊服,正法度。曰:「無或(有)敢伏小人之攸箴。」王命眾,悉至于庭。王若曰:「格汝眾。予告汝訓:汝猷黜乃心,無傲從(縱)康。古我先王,亦惟圖任舊人共政。王播告之,修(攸)不匿厥指,王用丕欽;罔有逸言,民用丕變。今汝聒聒,起(圮?)信險膚(臚?),予弗知乃所訟。 「非予自荒兹德,惟汝含德,不惕(施)予一人。予若觀火,予亦拙謀,作乃逸。若網在綱,有條而不紊;若農服田力穡,乃亦(弈)有秋。汝克黜乃心,施實德于民,至于婚友;丕乃敢大言,汝有積德。乃不畏戎毒于遠邇;惰農自安,不昏(暋)作勞,不服田畝,越其罔有黍稷。汝不和(宣)吉言于百姓,惟汝自生毒;乃敗禍奸宄,以自災于厥身。乃既先惡于民,乃奉其恫,汝悔身何及!相時憸民,猶胥顧于箴言;其發有逸口,矧予制乃短長之命?汝曷弗告朕,而胥動以浮言,恐沈(抌)于眾?若火之燎于原,不可嚮邇,其猶可撲滅?則惟汝眾自作弗靖,非予有咎。 |
翻訳文盤庚 上篇 盤庚は民を教え導き、役人たちを通じて、古くからの慣習に従い法度を正した。言った。「小人(民)の忠告を隠す者がいてはならない。」王は民衆に命じ、皆を宮廷の庭に集めた。王はこう言った。「さあ、お前たちよ。私はお前たちに教えを告げる。お前たちは心を改め、安逸を貪ってはならない。昔、我が先王は、古くからの者を任用して政治を共に行った。王が布告すると、彼らはその意図を隠さず、王は大いに敬意を払った。無駄な言葉はなく、民は大いに変わった。ところが今、お前たちは騒がしく、危険で浅はかな言葉を信じ、私はお前たちの争いが何なのか理解できない。 「私が自らこの徳を乱したのではない。お前たちが徳を抱きながら、私一人に施さないのだ。私は火を見るように明らかにわかっているが、私も策が拙く、お前たちの安逸を招いた。綱に網がかかっているように、筋道があって乱れない。農夫が田畑を耕し労力を尽くすように、秋の収穫を得るのだ。お前たちが心を改め、民や親族友人に実りのある徳を施せば、大いに言えるだろう、『お前たちは徳を積んだ』と。ところがお前たちは遠近にわたる災いを恐れず、怠惰な農夫のように安楽を貪り、労苦を厭い、田畑を耕さない。それでは穀物は得られない。お前たちが民に良い言葉を和らげず、自ら災いを生み、悪事や姦計で自らを苦しめる。お前たちがまず民に悪をなせば、その痛みを背負い、お前たちが後悔してもどうしようもない!よく見よ、浅はかな民でさえ忠告を顧みる。彼らが不用意な言葉を発すれば、ましてや私がお前たちの命の長短を制することをどう思う?お前たちはなぜ私に告げず、むなしい言葉で互いに動き、民を惑わすのか?もし野原に燃え広がる火のように、近づけなければ、どうやって消せようか?これはお前たち自らが不安を招いたのであって、私に過失はない。」 解説
Translation took 4147.0 seconds. |
| 「遲任有言曰:『人惟求舊;器非求舊,惟新。』古我先王,暨乃祖乃父,胥及逸勤;予敢動用非罰?世選(纂)爾勞,予不掩爾善。兹予大享于先王,爾祖其從與享之。作福作災,予亦不敢動用非德。予告汝于難;若射之有志(識)。汝無老侮成人,無弱孤有幼。各長于厥居,勉出乃力,聽予一人之作猷。無有遠邇,用罪伐厥死,用德彰厥善。邦之臧,惟汝眾;邦之不臧,惟予一人有佚(抶)罰。凡〈同〉爾眾,其惟致告:自今至于後日,各恭爾事,齊乃位,度(𢾖)乃口。罰及爾身,弗可悔。」 |
翻訳文「遅任はこう言った。『人は古きを求め、器物は新しきを求める。』昔、我が先王たちは、お前たちの祖父や父と共に安楽と苦労を分かち合った。私はどうして不当な罰を用いることができようか?代々、お前たちの労苦を引き継ぎ、私はお前たちの善行を隠したりはしない。今、私は先王を大いに祀るが、お前たちの祖先もそれに従って祀られるだろう。福をもたらし災いをもたらすにも、私は不当な徳を用いることはない。私はお前たちに困難を告げる。それは的を射るように目標があるのだ。お前たちは老人を侮ってはならず、幼い者を弱く孤立させてはならない。それぞれ自分の居場所で指導者となり、力を尽くし、私一人の計画に従え。遠くても近くても、罪によってその死を罰し、徳によってその善を明らかにする。国が良ければ、それはお前たち皆の功績である。国が良くなければ、それは私一人が罰を受けるのだ。お前たち皆に告げる。今日から後日まで、各自の務めを謹み、自分の立場を整え、口を慎め。罰がお前たちの身に及んだら、後悔しても遅いのだ。」 解説この一節は『尚書』(書経)の「盤庚中篇」からの引用で、殷の王・盤庚が臣民に向けて語った演説の一部です。以下の点に注目して翻訳しました: - 歴史的背景:紀元前14世紀ごろ、盤庚が首都を移す際、反対する臣民を説得する場面です。先祖の功績や伝統を尊重しつつ、変化の必要性を訴える内容で、中国古代の統治理念が反映されています。 - キーワードの訳し方: - 「人惟求舊;器非求舊,惟新」:人間関係は伝統(舊)を重んじるが、道具(器)は革新(新)を求めるという対比。遅任は伝説の賢人で、この格言は保守と革新のバランスを示します。 - 「予敢動用非罰?」:修辞疑問で「不当な罰は使えない」と王の公正さを強調。 - 「若射之有志」:「的を射るように目標がある」と比喩的に訳し、困難への対処法を明確化。 - 「佚(抶)罰」:異体字を考慮し「罰を受ける」と意訳。王の責任を象徴する表現です。 - 統治理念の核心:共同体の調和(老人や幼児への配慮)、階級秩序(「各長于厥居」で指導者役割を指示)、賞罰の公正(「用罪伐厥死,用徳彰厥善」)が主題。王が最終責任を負う(「惟予一人有佚罰」)点は、中国古代の「天子思想」に基づきます。 - 現代語訳の工夫:古典中国語の簡潔さを保ちつつ、主語を補い(例:「予」→「私」)、命令形を自然な日本語に調整(例:「汝無~」→「~してはならない」)。原文の威厳を損なわないよう、敬語ではなく直截な表現を選びました(例:「お前たち」で君臣の緊迫感を再現)。 この翻訳は、原文の一字一句を省略せず、文脈に沿って現代日本語に置き換えています。『尚書』は儒教の基本文献であり、この一節はリーダーシップと伝統革新の難しさを今に伝える名文です。 Translation took 2904.9 seconds. |
| input text ../document/尚書\019_尚書_盤庚中.txt | 現代日本語 translated text |
| 盤庚中 盤庚作,惟涉河以民遷,乃話(會)民之弗率,誕告用亶。其有眾咸造,勿褻在王庭。盤庚乃登(徵)進厥民。曰:「明聽朕言,無荒失朕命。嗚呼!古我前后,罔不惟民之承保,后胥戚鮮,以不浮于天時。殷降大虐,先王不懷厥攸作,視民利用遷。汝曷弗念我古后之聞?承汝俾汝,惟喜康共;非汝有咎,比于罰。予若籲懷兹新邑,亦惟汝故,以丕從厥志。 「今予將試以汝遷,安定厥邦。汝不憂朕心之攸困,乃咸大不宣(和)乃心,欽念以忱,動予一人。爾惟自鞠自苦。若乘舟,汝弗濟,臭厥載。爾忱不屬,惟胥以沈。不其或(有)稽,自怒曷瘳?汝不謀長,以思乃災,汝誕勸憂。今其有今罔後,汝何生在上?今予命汝一,無起穢以自臭,恐人倚乃身、迂乃心。予迓續乃命于天,予豈汝威?用奉畜汝眾。予念我先神后之勞爾先,予丕克羞爾,用懷爾然。失于政,陳于兹,高后丕乃崇降罪疾,曰:『曷虐朕民!』汝萬民乃不生生,暨予一人猷同心,先后丕降與汝罪疾,曰:『曷不暨朕幼孫有比!』故有爽德,自上其罰汝,汝罔能迪。 「古我先后,既勞乃祖乃父,汝共作我畜民。汝有戕則(賊)在乃心,我先后綏乃祖乃父;乃祖乃父乃斷棄汝,不救乃死。兹予有亂政同位,具乃貝玉。乃祖先父丕乃告我高后曰:『作丕刑于朕孫。』迪高后丕乃崇降弗祥。嗚呼!今予告汝不易。永敬大恤,無胥絕遠。汝分猷念以相從,各設中于乃心。乃有不吉不迪(由),顛越不恭,暫(漸)遇(偶)姦宄。我乃劓殄滅之,無遺育(胄),無俾易種于兹新邑。往哉生生!今予將試以汝遷,永建乃家。」 |
翻訳文盤庚は行動を起こし、河を渡って民を遷都させようとし、従わない民を集めて、誠実に告げた。民衆は皆、王の庭に集まり、軽率な振る舞いをしなかった。盤庚は民を前に進み出て言った。「私の言葉をよく聞け。私の命令を軽んじてはならない。ああ、昔の我々の先王は、民を守り育てることに専念し、王は皆、苦労を分かち合い、天の時に背くことはなかった。殷に大きな災いが降りかかった時、先王は自分の行いに固執せず、民の利益を見て遷都した。お前たちはなぜ、我々の先王の事績を考えないのか?私はお前たちを導き、喜びと安寧を共にしようとしている。お前たちに罪があるわけではなく、罰を受けさせるためではない。私がこの新たな都を望むのも、お前たちのためであり、大きくその志に従うためだ。 今、私はお前たちを遷都させて国を安定させようとしている。お前たちは私の心の苦しみを気にかけず、心を和ませず、誠意をもって考えず、私を動揺させている。お前たちは自ら窮地に陥り苦しんでいるのだ。舟に乗っているのに、お前たちが渡ろうとしないなら、積み荷は腐る。お前たちの誠意が続かなければ、共に沈むだけだ。問題を検討せず、自分で怒っていても何の解決になる?お前たちは将来を考えず、災いを思わず、かえって憂いを助長している。今があるだけで明日がないなら、どうして生き延びられるのか?私はお前たちに命じる。穢れを起こして自らを汚すな。さもないと、他人がお前たちの身を頼りにし、心を曲げるだろう。私は天からお前たちの命を引き継いでいる。私はお前たちを威圧しているのか?お前たちを養い守るためだ。私は我々の偉大な先王がお前たちの祖先を労わったことを思い、私はお前たちを大切にし、慈しんでいる。政治を誤り、ここに留まれば、偉大な先王は重い罰と病いを降らせ、『なぜ我が民を虐げるのか!』と言うだろう。お前たち万民が生きることをせず、私と心を一つにしないなら、先王はお前たちに罰と病いを降らせ、『なぜ我が幼い孫(盤庚)と協力しないのか!』と言う。だから、道を外せば、天がお前たちを罰し、お前たちは逃れられない。 昔の我々の先王は、お前たちの祖父や父を労わり、お前たちは皆、私が養う民である。お前たちの心に害意があれば、我々の先王はお前たちの祖父や父を慰める。お前たちの祖父や父はお前たちを見捨て、死を救わないだろう。ここに政治を乱す者がいれば、宝や玉を蓄えている。お前たちの祖先は偉大な先王に告げるだろう。『我が孫に厳しい刑を加えよ』と。偉大な先王は不吉なものを降らせる。ああ、今、私はお前たちに変わらないことを告げる。永遠に大きな憂いを敬い、互いに疎遠になるな。お前たちは分をわきまえ、心を一つにして従い、各自、心に中庸を置け。もし不吉で道理に従わず、転落して恭順せず、徐々に悪事を働く者がいれば、私はその者を根絶やしにし、子孫を残さず、この新たな都に種を残させない。行け、生きよ!今、私はお前たちを遷都させようとしている。永遠にお前たちの家を築け。」 解説この一節は『尚書』「盤庚中篇」の核心部分で、殷の王・盤庚が反対する臣民を説得する演説です。以下の点に基づき翻訳しました: この翻訳は原文を一字一句省略せず、盤庚の複雑な心理(苦悩・慈愛・冷酷さ)を再現しました。『尚書』の核心である「天命思想」と「共同体倫理」が、遷都という革新を通じて描かれ、リーダーシップの普遍性を現代に伝えています。 Translation took 4218.2 seconds. |
| input text ../document/尚書\020_尚書_盤庚下.txt | 現代日本語 translated text |
| 盤庚下 盤庚既遷,奠厥攸居。乃正厥位,綏爰有眾。曰:「無戲怠,懋建大命。今予其敷心腹腎腸,歷告爾百姓于朕志。罔罪爾眾;爾無共怒,協比讒言予一人。 古我先王,將多于前功,適于山。用降我凶德,嘉績于朕邦。今我民用蕩析離居,罔有定極。爾謂朕:『曷震動萬民以遷?』肆上帝將復我高祖之德,亂越(乂)我家。朕及篤敬,恭承民命,用永地于新邑。肆予沖人,非廢厥謀,弔(淑)由靈各;非敢違卜,用宏兹賁。 嗚呼!邦伯、師長、百執事之人,尚皆隱(依)哉。予其懋簡相爾,念敬我眾。朕不肩好貨,敢共生生,鞠人、謀人之保居,敘欽。今我既羞告爾于朕志若否,罔有弗欽。無總于貨寶,生生自庸。式敷民德,永肩一心。」 |
翻訳文盤庚が遷都を終え、新たな居住地を定めた。そして位を正し、民衆を安んじた。そして言った。「戯れたり怠けたりせず、天命を励んで実現せよ。今、私は心の内を明かし、お前たち民衆に私の考えを詳しく告げる。お前たちを罪に問うことはない。お前たちは共に怒ったり、結託して私を誹謗したりしてはならない。 昔、我が先王は、前の功績を増し、山に適した地に移った。それによって凶事を減らし、我が国に良い業績をもたらした。今、我が民は離散し、定住の地がない。お前たちは私に言う。『なぜ万民を動揺させて遷都させるのか?』そこで、上帝(天帝)が我が高祖(祖先)の徳を復活させ、我が王家を治めようとしている。私は誠実に敬い、民の命を恭しく受け、新たな都で永遠に地を保つためである。そこで、私は若輩ながら、その計画を廃棄せず、善き道を霊妙なものに従って行う。卜占に背くことは敢えてせず、この輝かしい事業を広げるためである。 ああ、諸侯、師長、百官たちよ、皆、私に従え。私はお前たちを励んで選び、我が民衆を敬い思う。私は財貨を好む者を任用せず、共に生活を営み、人を養い、人の居住を守り、秩序を重んじる。今、私は私の考えの是非を恥ずかしげもなくお前たちに告げた。敬わない者はない。財宝に固執せず、生活を自ら営め。民の徳を広め、永遠に心を一つにせよ。」 解説この文は『尚書』(中国最古の歴史書、五経の一つ)の「盤庚篇・下」からの一節で、商王朝の王・盤庚が民衆や臣下に語りかける演説です。主なポイントを解説します:
この翻訳は、原文の威厳と説得力を持たせつつ、現代読者に理解しやすい表現を心がけました。 Translation took 3446.0 seconds. |
| input text ../document/尚書\024_尚書_高宗肜日.txt | 現代日本語 translated text |
| 高宗肜日 高宗肜日,越有雊雉。祖己曰:「惟先格王,正厥事。」乃訓于王曰:「惟天監下民,典厥義。降年有永有不永;非天夭民,民中絕命。民有不若德,不聽罪;天既孚(付)命正厥德,乃曰:『其如台?』嗚呼!王司敬民;罔非天胤,典祀無豐于昵。」 |
翻訳文高宗の肜祭(祖先祭祀)の日に、雉が鳴くということがあった。祖己が言った:「まず王に進言して、この事態を正さなければなりません。」そして王を諫めて言った:「天は下の民を監視し、その行いの正しさを司っています。寿命には長いものも短いものもありますが、天が民を夭折させるのではなく、民が自ら命を絶つのです。民が徳に従わず、罪を認めようとしない。天がすでに命を与えてその徳を正そうとしているのに、民は『いったいどうすればよいのか?』と言うだけです。ああ、王よ、民を敬うことをお務めとしなさい。民はすべて天の子孫であり、祭祀において身内の者だけを厚遇してはなりません。」 解説この文は『尚書』(中国最古の歴史書、五経の一つ)の「高宗肜日」篇からの一節で、商王朝の高宗(武丁王)の治世における重要な教訓を伝えています。主なポイントを解説します:
この翻訳では、原文の荘厳な調子を保ちつつ、現代読者が「天命と人道」の関係性を直感的に理解できるよう、比喩を具体的な表現に変換しました(例:「降年」→「寿命」)。「雊雉」(鳴く雉)のような自然現象を前兆と見る古代の世界観も、注釈なしで伝わるよう配慮しています。 Translation took 3722.0 seconds. |
| input text ../document/尚書\025_尚書_西伯戡黎.txt | 現代日本語 translated text |
| 西伯戡黎 西伯既戡黎,祖伊恐,奔告于王。 曰:「天子。天既訖我殷命;格人元龜,罔敢知吉。非先王不相我後人,惟王淫戲用自絕。故天弃我,不有康食,不虞天性,不迪(由)率(律)典。今我民罔弗欲喪,曰:『天曷不降威?大命不摯?』今王其如台?」 王曰:「嗚呼!我生不有命在天?」祖伊反曰:「嗚呼!乃罪多參〈絫〉在上,乃能責命于天!殷之即喪,指(厎)乃功,不無戮于爾邦。」 |
翻訳文西伯(周の文王)が黎を平定した後、祖伊は恐れ、王(紂王)のもとに駆けつけて訴えた。 王は言った。「ああ!我が命は天にあるのではないか?」 解説この一節は『尚書』「西伯戡黎」篇の核心部分で、殷王朝末期の決定的な危機を描いています。主なポイントを解説します:
この翻訳では、原文の緊迫した対話劇的性質を保持しつつ、特に「大命不摯?」(天命はなぜ断たれない?)のような修辞疑問文を現代語で自然に再現することに重点を置きました。祖伊の怒りと悲しみが交錯する情感を、敬語と常体の使い分け(例:諫言は敬語、反論は常体)で表現しています。 Translation took 3031.2 seconds. |
| input text ../document/尚書\026_尚書_微子.txt | 現代日本語 translated text |
| 微子 微子若曰:「父師、少師,殷其弗或(有)亂正四方。我祖厎遂陳于上;我用沈酗于酒,用亂敗厥德于下。殷罔不小大,好草(鈔)竊奸宄,卿士師師非度,凡有辜罪,乃罔恒(縆)獲。小民方(旁)興,相爲敵讎。今殷其淪喪,若涉大水,其無津涯。殷遂喪,越至于今。」 曰:「父師、少師,我其發出狂(往)?吾家耄遜于荒?今爾無指(厎)告,予顛隮,若之何其?」父師若曰:「王子。天毒(篤)降災荒殷邦,方(旁)興沈酗于酒,乃罔畏畏,咈其耇長、舊有位人。今殷民乃攘竊神祇之犧牷牲用,以容將食,無災。降監殷民,用乂讎,斂召敵讎不怠。罪合于一,多瘠罔詔。商今其有災,我興受其敗。商其淪喪,我罔爲臣仆。詔王子出,迪我舊云刻子;王子弗出,我乃顛隮。自靖,人自獻于先王,我不顧行遯。」 |
翻訳文微子が言った。「父師、少師よ、殷はもはや四方を治めることができません。私の祖先は天に功績を残しましたが、私は酒に溺れ、下界でその徳を乱し滅ぼしてしまいました。殷では身分の上下を問わず、皆が盗みや悪事を好み、卿や士は法度を無視して勝手気ままに振る舞い、罪があっても捕らえられません。民衆は至る所で立ち上がり、互いに敵同士となっています。今、殷は滅びようとしており、それは大河を渡るようで岸も見えません。殷の滅亡は、今この瞬間にまで迫っているのです。」 さらに言った。「父師、少師よ、私は狂ったように逃げ出すべきでしょうか? それとも家に隠れて老いを迎えるべきでしょうか? 今、あなたがたが確かな指針を示さなければ、私は転落してしまいます。いったいどうすればよいのでしょうか?」 解説この一節は『尚書』「微子」篇の核心部分で、殷王朝崩壊直前の微子(紂王の兄)と賢臣・父師の対話を描いています。主なポイントを解説します:
この翻訳では、原文の重厚な諫言劇を保持しつつ、特に「若之何其?」(いったいどうすればよいのか?)のような切迫した疑問や、「我乃顛隮」(私は転落する)のような比喩を現代語で自然に再現しました。微子の不安と父師の冷静な諫めの対比を、語調の違い(微子は嘆き、父師は断固)で表現しています。 Translation took 4563.2 seconds. |
| input text ../document/尚書\030_尚書_牧誓.txt | 現代日本語 translated text |
| 牧誓 時甲子昧爽,王朝至于商郊牧野,乃誓。 王左杖黃鉞,右秉白旄以麾,曰:「逖矣西土之人。」 王曰:「嗟!我友邦冢君,御事、司徒、司馬、司空、亞、旅、師氏、千夫長、百夫長及庸、蜀、羌、髳、微、盧、彭、濮人。稱爾戈,比爾干,立爾矛,予其誓。」 王曰:「古人有言(曰):『牝雞無晨。牝雞之晨,惟家之索。』今商王受,惟婦言是用。昏棄厥肆祀,弗答;昏(泯)弃厥遺王父母弟,不迪(由)。乃惟四方之多罪逋逃,是崇是長,是信是使,是以爲大夫卿士;俾暴虐于百姓,以姦宄于商邑。今予發,惟恭行天之罰。今日之事,不愆于六步、七步,乃止齊焉。夫子勖哉!不愆于四伐[1]、五伐、六伐、七伐,乃止齊焉。勖哉夫子!尚桓桓,如虎、如貔、如熊、如羆,于商郊;弗御(禦)克奔,以役西土。勖哉夫子!爾所弗勖,其于爾躬有戮。」 |
翻訳文牧誓 甲子の日の明け方、武王は朝早くに商の郊外である牧野に到着し、そこで誓いを述べた。 武王は左手に黄金の斧を杖のように持ち、右手には白い旄(飾り毛)のついた旗を握って指揮し、言った。「遠く西方の地から来た者たちよ。」 武王は言った。「さあ、我が友邦の君主たちよ。御事(政務官)、司徒(民政長官)、司馬(軍事長官)、司空(土木長官)、亜(次官)、旅(連隊長)、師氏(近衛隊長)、千夫長、百夫長、そして庸、蜀、羌、髳、微、盧、彭、濮の人々よ。お前たちの戈(ほこ)を掲げ、盾を並べ、矛を立てよ。私は今、誓いを述べる。」 武王は言った。「古人はこう言った。『雌鳥は朝を告げない。雌鳥が朝を告げれば、その家は滅びる。』今、商の王である紂(受)は、ただ婦人(妲己)の言葉だけを用いている。先祖の祭祀を捨て去り、応答せず、兄弟である王族を顧みず、従おうとしない。それどころか、四方から逃れてきた罪人たちを重用し、彼らを崇め、長とし、信頼し、大夫や卿士の地位に就けている。彼らは民衆に暴虐を働き、商の都で悪事を重ねている。今、私(発)は、天の罰を敬って実行する。今日の戦いでは、六歩か七歩進んだら、一度止まって隊列を整えよ。諸君、奮い立て!四度か五度、六度か七度斬り込んだら、止まって隊列を整えよ。奮い立て、諸君!威風堂々と、虎のように、貔(ひひ)のように、熊のように、羆(ひぐま)のように商の郊外で戦え。投降してくる者を攻撃せず、西方の地の労役に使え。奮い立て、諸君!お前たちが奮わなければ、自らが罰を受けるだろう。」 解説この一節は『尚書』(書経)の「牧誓」篇で、周の武王が殷(商)を討伐する際、牧野の戦い(紀元前1046年頃)で兵士に向けて述べた誓いの言葉です。以下の点に注目してください:
この誓いは、古代中国の軍事思想や王権観念を伝える重要文献で、後の儒教思想にも影響を与えました。比喩や反復表現(「勖哉夫子」など)により、演説としての緊迫感が現代語訳でも再現されています。 Translation took 2706.5 seconds. |
| input text ../document/尚書\032_尚書_洪範.txt | 現代日本語 translated text |
| 洪範 惟十有三祀,王訪于箕子。 王乃言曰:「嗚呼!箕子。惟天陰騭下民,相協厥居,我不知其彝倫攸敘。」 箕子乃言曰:「我聞在昔,鯀陻洪水,汩陳其五行;帝乃震怒,不畀洪范九疇,彝倫攸斁。鯀則殛死,禹乃嗣興,天乃錫禹洪范九疇,彝倫攸敘。」 「初一曰五行,次二曰敬用五事,次三曰農用八政,次四曰協用五紀,次五曰建用皇極,次六曰乂用三德,次七曰明用稽疑,次八曰念(驗)用庶徵,次九曰嚮用五福,威用六極。」 「一、五行:一曰水,二曰火,三曰木,四曰金,五曰土。水曰潤下,火曰炎上,木曰曲直,金曰從革,土爰稼穡。潤下作鹹,炎上作苦,曲直作酸,從革作辛,稼穡作甘。」 「二、五事:一曰貌,二曰言,三曰視,四曰聽,五曰思。貌曰恭,言曰從,視曰明,聽曰聰,思曰睿。恭作肅,從作乂,明作晢,聰作謀(敏),睿作聖。」 「三、八政:一曰食,二曰貨,三曰祀,四曰司空,五曰司徒,六曰司寇,七曰賓,八曰師。」 「四、五紀:一曰歲,二曰月,三曰日,四曰星辰,五曰曆數。」 「五、皇極:皇建其有極,斂時五福,用敷錫厥庶民。惟時厥庶民于汝極,錫汝保極。凡厥庶民,無有淫朋;人無有比德,惟皇作極。凡厥庶民,有猷有爲有守,汝則念之。不協于極,不罹于咎,皇則受之。而康而色,曰『予攸好德』,汝則錫之福。時人斯其惟皇之極。無虐煢獨,而畏高明。人之有能有爲,使羞其行,面邦其昌。凡厥正人,既富方穀,汝弗能使有好于而家,時人斯其辜。于其無好{德},汝雖錫之福,其作汝用咎。無偏無頗,遵王之義;無有作好,遵王之道;無有作惡,遵王之路。無偏無黨,王道蕩蕩;無黨無偏,王道平平;無反無側,王道正直。會其有極,歸其有極。曰皇極之敷言,是彝是訓,于帝其訓。凡厥庶民極之敷言,是訓是行,以近天子之光。曰天子作民父母,以爲天下王。」 |
翻訳文洪範 十三年目、武王が箕子を訪ねて教えを請うた。 武王は言った。「ああ、箕子よ。天はひそかに下界の民を守り、彼らが和やかに暮らせるよう助けているが、私はその永遠の道理がどのように秩序立てられているのかを知らない。」 箕子は答えて言った。「昔、鯀が洪水を無理にせき止めたため、五行の理法が乱れました。すると天帝は激怒し、洪範九疇(治国の大法九章)を授けず、永遠の道理は崩れました。鯀は誅殺され、禹がその後を継いで治水に当たると、天は禹に洪範九疇を授け、永遠の道理は秩序を取り戻したのです。」 「第一は五行、第二は五事を慎んで用いること、第三は八政を重んじて用いること、第四は五紀を調和させて用いること、第五は皇極(大いなる規範)を確立すること、第六は三徳を治めに用いること、第七は稽疑(疑問の判断)を明らかにすること、第八は庶徴(様々な兆し)を検証すること、第九は五福をもって奨励し、六極をもって戒めることである。」 「一、五行:第一は水、第二は火、第三は木、第四は金、第五は土。水は下を潤す性質、火は上へ燃え上がる性質、木は曲げ伸ばしできる性質、金は形を変えられる性質、土は農作物を育む性質を持つ。潤下は塩味を生じ、炎上は苦味を生じ、曲直は酸味を生じ、従革は辛味を生じ、稼穡は甘味を生じる。」 「二、五事:第一は容貌、第二は言論、第三は視覚、第四は聴覚、第五は思考である。容貌は恭謙であるべき、言論は道理に従うべき、視覚は明晰であるべき、聴覚は鋭敏であるべき、思考は聡明であるべき。恭謙は厳粛を生み、道理は秩序を生み、明晰は知恵を生み、鋭敏は謀略を生み、聡明は聖性を生む。」 「三、八政:第一は食糧管理、第二は財貨流通、第三は祭祀、第四は土木行政(司空)、第五は教育民政(司徒)、第六は司法警察(司寇)、第七は外交接遇、第八は軍事である。」 「四、五紀:第一は年、第二は月、第三は日、第四は星辰の運行、第五は暦法の数理である。」 「五、皇極:王者は大いなる規範を確立し、五福(寿・富・康寧・徳・終命)を集めて民に広く施す。民はこの規範に従い、王はその規範を守らせる。民が私的な党派を作らず、人々が偏った行いをしなければ、王者の規範は確立される。民に謀略・行動・節度ある者があれば、王はこれを重んじよ。規範に合わなくても罪に至らぬ者は寛容に受け入れ、心から『私は徳を好む』と言う者には福を与えよ。こうして人々は王者の規範を仰ぐのだ。孤獨な者を虐げず、高位の者を畏れ敬え。能力ある者はその才を国家に捧げさせ、国を栄えさせよ。官吏には十分な俸禄を与えよ。もし彼らが王家に尽くせぬなら、それは民の罪となる。徳なき者に福を与えれば、それは王に災いをもたらす。偏らず歪まず、王の正義に従え。私的な好悪を作らず、王の大道に従え。党派を作らず、王道は広々として平らかである。背かず傾かず、王道は真っ直ぐである。すべては規範に集約され、規範に帰着する。王者の規範を示す言葉は永遠の教えであり、天帝の教えである。民がこの規範を示す言葉を教えとして行えば、天子の威光に近づく。天子は民の父母として、天下の王となるのである。」 解説
Translation took 2948.6 seconds. |
| 「六、三德:一曰正直,二曰剛克,三曰柔克。平康正直,彊弗友剛克,燮友柔克;沈潛剛克,高明柔克。惟辟作福,惟辟作威,惟辟玉食,臣無有作福、作威、玉食;臣之有作福、作威、玉食,其害于而家、{而}凶于而國。人用側頗僻,民用僭忒。」 「七、稽疑:擇建立卜筮人,乃命卜筮,曰雨,曰霽,曰圛,曰雺,曰克,曰貞,曰悔。凡七卜,五占用,二衍忒。立時人作卜筮,三人占,則從二人之言。汝則有大疑,謀及乃心,謀及卿士,謀及庶人,謀及卜筮。汝則從、龜從、筮從、卿士從、庶民從,是之謂大同;身其康彊,子孫其逢:吉。汝則從、龜從、筮從、卿士逆、庶民逆:吉。卿士從、龜從、筮從、汝則逆、庶民逆:吉。庶民從、龜從、筮從、汝則逆、卿士逆:吉。汝則從、龜從、筮逆、卿士逆、庶民逆:作內,吉;作外,凶。龜筮共違于人:用靜,吉;用作,凶。」 「八、庶徵:曰雨,曰暘,曰燠,曰寒,曰風。曰時五者來備,各以其敘,庶草蕃廡(蕪)。一極備凶,一極無凶。曰休徵:曰肅,時雨若;曰乂,時暘若;曰晢,時燠若;曰謀,時寒若;曰聖,時風若。曰咎徵:曰狂,恒雨若;曰僭,恒暘若;曰豫(舒),恒燠若;曰急,恒寒若;曰雺,恒風若。曰王省惟歲,卿士惟月,師尹惟日。歲月日時無易,百穀用成,乂用明,俊民用章,家用平康。日月歲時既易,百穀用不成,乂用昏不明,俊民用微,家用不寧。庶民惟星,星有好風,星有好雨。日月之行,則有冬有夏;月之從星,則以風雨。」 |
翻訳文「六、三つの徳:第一は正直、第二は剛強を克服すること、第三は柔和を克服することである。平穏な時は正直でいよ。強硬な者には剛強で対処せよ。和やかな者には柔和で対処せよ。沈着な者には剛強で、高慢な者には柔和で臨め。君主だけが福を施し、君主だけが威厳を示し、君主だけが美食を楽しむ。臣下は福を施さず、威厳を示さず、美食を楽しんではならない。臣下が福を施し、威厳を示し、美食を楽しむなら、それはあなたの家に害をなし、あなたの国に凶をもたらす。人々は偏って邪になり、民は越権して乱す。」 「七、疑いを調べること:卜筮を行う者を選んで任命し、彼らに命じて占わせよ。兆候は雨、晴れ、曇り、霧、克服、貞(正しい)、悔(悔い)の七つである。七つの占いのうち、五つは常用し、二つは変化を推測する。その者に占わせる時は三人で占い、二人の意見に従え。あなたが重大な疑いを抱いたら、まず自らの心に相談し、次に卿士(高官)に、庶民に、卜筮に相談せよ。あなたが従い、亀卜が従い、筮竹が従い、卿士が従い、庶民が従うなら、これを大同といい、体は康健で子孫は繁栄する:吉である。あなたが従い、亀卜が従い、筮竹が従い、卿士が逆らい、庶民が逆らうなら:吉である。卿士が従い、亀卜が従い、筮竹が従い、あなたが逆らい、庶民が逆らうなら:吉である。庶民が従い、亀卜が従い、筮竹が従い、あなたが逆らい、卿士が逆らうなら:吉である。あなたが従い、亀卜が従い、筮竹が逆らい、卿士が逆らい、庶民が逆らうなら、内政は吉だが、外征は凶である。亀卜と筮竹がともに人の意見に逆らうなら、静観すれば吉、行動すれば凶である。」 「八、様々な兆候:雨、日照り、暖かさ、寒さ、風である。この五つが時を守って揃い、順序よく訪れれば、草木は豊かに茂る。一つが極端に過ぎれば凶、一つが全くないのも凶である。善行の兆候:謹み深ければ雨が適時に降り、治めれば日照りが適切に訪れ、明察すれば暖かさが程よく、謀りごとあれば寒さが適度に、聡明であれば風が調和する。悪行の兆候:狂えば雨が続き、越権すれば日照りが続き、怠れば暖かさが続き、性急であれば寒さが続き、愚昧であれば風が続く。君主の過失は一年単位、卿士は一月単位、師尹(役人)は一日単位で現れる。年月日が乱れなければ穀物は実り、政治は明るく、人材は顕れ、家国は平穏である。年月日が乱れれば穀物は実らず、政治は暗く、人材は埋もれ、家国は不安になる。庶民は星のようなもので、星には風を好むものも雨を好むものもある。太陽と月の運行により冬と夏が生じ、月が星に従えば風雨が起こる。」 解説この一節は『尚書』(書経)の「洪範」篇に収録された部分で、古代中国の統治理念を記したものです。以下に要点を解説します:
全体として、この箇所は紀元前の周王朝時代に成立したとされ、儒教の基本文献として「徳治」「自然と人間の調和」の思想を伝えるものです。現代の視点では迷信的要素も含みますが、リーダーシップの在り方や環境と社会の関係を考える上で、歴史的な価値を持ちます。 Translation took 3544.2 seconds. |
| 「九、五福:一曰壽,二曰富,三曰康寧,四曰攸好德,五曰考終命。六極(殛):一曰凶短折,二曰疾,三曰憂,四曰貧,五曰惡,六曰弱。」 |
翻訳文「九、五つの幸福:一つは長寿、二つは富、三つは健康で安らか、四つは徳を好むこと、五つは天寿を全うすること。六つの災い:一つは若死に、二つは病気、三つは憂い、四つは貧しさ、五つは悪、六つは弱さ。」 解説この一節は『尚書』(書経)の「洪範」篇に収録されたもので、古代中国の治国理念を記した章です。前文で述べられた「洪範九疇」(治国の九つの大法)の九番目の項目「五福六極」を具体的に説明しています。
この教えは、個人の幸福と社会の調和を「天の秩序」に基づいて定義したもので、古代中国の倫理観を反映しています。五福が「積極的に求めるべき価値」であるのに対し、六極は「避けるべき不幸」として対比され、儒教的徳治思想の根幹を示しています。現代語訳では、古典中国語の簡潔な表現を、日本語の自然な口語に置き換えつつ、原意を忠実に再現しました(例:「考終命」→「天寿を全うすること」)。 Translation took 2097.8 seconds. |
| input text ../document/尚書\034_尚書_金縢.txt | 現代日本語 translated text |
| 金縢 既克商二年,王有疾,弗豫。二公曰:「我其爲王穆卜。」周公曰:「未可以戚我先王。」公乃自以爲功(貢),爲三壇同墠。爲壇於南方,北面周公立焉;植(戴)璧秉珪,乃告太王、王季、文王。史乃冊祝曰:「惟爾元孫某,遘厲虐疾;若爾三王,是有丕子之責于天,以旦代某之身。予仁(年)若考,能多材多藝,能事鬼神。乃元孫不若旦多材多藝,不能事鬼神。乃命于帝庭,敷(溥)佑(有)四方,用能定爾子孫于下地,四方之民,罔不祗畏。嗚呼!無墜天之降寶命,我先王亦永有依歸。今我即命于元龜,爾之許我,我其以璧與珪,歸俟爾命;爾不許我,我乃屏璧與珪。」乃卜三龜,一習(襲)吉。啓籥見書,乃并是吉。公曰:「體,王其罔害。予小子新(親)命于三王,惟永終是圖,兹攸俟,能念予一人。」公歸,乃納冊于金縢之匱中。王翌日乃瘳。武王既喪,管叔及其羣弟乃流言於國,曰:「公將不利於孺子。」周公乃告二公曰:「我之弗辟,我無以告我先王。」周公居東二年,則罪人斯得于後。公乃爲詩以貽王,名之曰《鴟鴞》;王亦未敢誚〈逆〉公。 秋大熟,未獲,天大雷電以風,禾盡偃,大木斯拔,邦人大恐。王與大夫盡弁,以啓金縢之書,乃得周公所自以爲功(貢)代武王之說。二公及王乃問諸史與百執事。對曰:「信。噫(抑)公命我勿敢言。」王執書以泣,曰:「其勿穆卜。昔公勤勞王家,惟予沖人弗及知;今天動威,以彰周公之德;惟朕小子其新(親)逆,我國家禮亦宜之。」 |
翻訳文「金縢の章 解説この一節は『尚書』(書経)の「金縢」篇で、周王朝初期の出来事を描いた物語です。前文(五福六極)が治国の理念を述べたのに対し、ここでは具体的な史実を通じて「忠誠」と「天意」のテーマを展開しています。 背景と物語の流れ
キーポイント
歴史的意義
Translation took 3946.4 seconds. |
| 王出郊,天乃雨,反風,禾則盡起。二公命邦人,凡大木所偃,盡起而築之,歲則大熟。 |
王が郊外に出ると、天は雨を降らせ、風は逆に吹き、稲はすべて起き上がった。二人の公(周公と召公)は国の人々に命じて、倒れた大木をすべて起こして支えさせた。その年は大豊作となった。 解説: Translation took 1396.6 seconds. |
| input text ../document/尚書\035_尚書_大誥.txt | 現代日本語 translated text |
| 大誥 王若曰:「猷大誥爾多邦越爾御事。弗弔(淑)!天降割(害)于我家,不少延。洪〈引—矧〉惟我幼沖人,嗣無疆大歷服。弗造哲,迪民康,矧曰其有能格知天命?巳(嘻)!予惟小子,若涉淵水,予惟往求朕攸濟。敷賁,敷前人受命,兹不忘(亡)大功,予不敢閉于天降威。用寧〈文〉王遺我大寶龜,紹天明,即命曰:『有大艱于西土,西土人亦不靜,越兹蠢殷小腆,誕敢紀其敘。天降威,知我國有疵,民不康。曰:予復。反鄙我周邦。今蠢(春)今翼(翌)日,民獻有十夫,予翼(異)以于敉〈—纂〉寧〈文〉武圖功。我有大事,休,朕卜并吉?』肆予告我友邦君越尹氏、庶士、御事,曰:『予得吉卜,以惟以爾庶邦于伐殷逋播臣。』爾庶邦君越庶士、御事,罔不反曰:『艱大,民不靜,亦惟在王宮、邦君室,越予小子考,翼(異?)不可征;王害不違卜?』肆予沖人永思艱。曰:嗚呼!允蠢鰥寡,哀哉!予造(遭)天役,遺大投艱于朕身,越予沖人,不卬自恤。義爾邦君越爾多士、尹氏、御事,綏予曰:『無毖于恤,不可不成乃寧〈文〉考圖功。』巳(嘻)!予惟小子,不敢替〈朁—僭〉上帝命。天休于寧〈文〉王,興我小邦周;寧〈文〉王惟卜用,克綏受兹命。今天其相民,矧亦惟卜用。嗚呼!天明畏(威),弼我丕丕基。」 |
翻訳文王はこう言った。「さあ、諸国の君や執政官たちに広く告げる。不幸にも!天は我が王朝に災いを下し、少しも遅れることはなかった。ましてや私は幼くして、果てしない大いなる統治の任を継いだ者だ。賢明な道を踏み外し、民を安寧に導けぬのに、どうして天命を悟れようか。ああ!私は若輩ながら、深淵を渡るように、どうにかして渡る道を求めている。先王が受けた天命を広く示し、この大いなる功績を決して忘れず、天が下した威厳を隠すことはできない。文王が遺した大宝亀を用いて天の意思を継ぎ、命をこう問うた。『西方の地に大いなる艱難が起こり、西土の民も不安だ。殷の小国が増長し、秩序を乱そうとしている。天は威を示し、我が国に欠点があり民が安らかでないと知らせた。彼らは「我らは復興する」と言い、我が周を侮っている。今や春の日々、民の中から十人の優れた者が現れ、私を助けて文王・武王の功業を継がせようとしている。我らが大事をなすのは吉か?』占いはことごとく吉であった。そこで諸国の君や執政官、役人たちに告げる。『私は吉兆を得た。諸国と共に殷の逃亡した反逆者を討つのだ』と。すると諸侯や役人たちは皆こう反論した。『艱難は大きく民は不安だ。王宮や諸侯の屋敷にも問題がある。ましてや我々の父祖のことを考えれば、討伐はできない。王よ、なぜ占いを避けられぬのか?』私は若輩ながらこの艱難を深く考えた。ああ!確かに孤児や寡婦を苦しめるのは哀れだ。私は天の責務を負い、この大いなる艱難を一身に受けている。私のような若輩は、自分を顧みる余裕もない。諸国の君や役人たちは慰めて言う。『心配するな。お前の父である文王の功業を必ず成し遂げよ』と。ああ!私は若輩だが、神の命令を軽んじはしない。天は文王を嘉し、我が小国・周を興された。文王は占いを用いてこの天命を受け入れた。今、天が民を助けるなら、占いを用いるべきだ。嗚呼!天の明らかな威厳よ、我が大いなる基盤を助けたまえ。」 解説この一節は『尚書』「大誥」篇の冒険部で、周王朝初期(おそらく周公旦が成王を補佐した時期)の王が諸侯や臣下に発した布告です。前文(金縢篇)で天変地異を経て王権が安定した後、殷の残党(武庚ら)の反乱に対処する場面を描いています。 Translation took 2769.0 seconds. |
| 王曰:「爾惟舊人,爾丕(不)克遠省,爾知寧〈文〉王若勤哉!天閟{毖}[勞]我成功所,予不敢不極卒寧〈文〉王圖事。肆予大化誘我友邦君,天棐(非)忱辭,其考我民,予曷其不于前寧人圖功攸終?天亦惟用勤毖我民,若有疾,予曷敢不于前寧〈文〉人攸受休畢〈異—翼〉?」 王曰:「若昔朕其逝(誓),朕言艱日思:若考作室,既厎法,厥子乃弗肯堂,矧肯構?厥父菑,厥子乃弗肯播,矧肯獲?厥考翼(異)其肯曰:『予有後,弗弃基?』肆予曷敢不越卬敉〈—纂〉寧〈文〉王大命?若兄(皇)考,乃有友伐厥子,民養(佯?)其勸弗救?」 王曰:「嗚呼!肆哉,爾庶邦君越爾御事,爽(相)邦由哲,亦惟十人,迪知上帝命越天棐(非)忱。爾時罔敢易法(廢),矧今天降戾于周邦?惟大艱人,誕鄰胥伐于厥室;爾亦不知天命不易。予永念曰:天惟喪殷;若穡夫,予曷敢不終朕畝?天亦惟休于前寧〈文〉人,予曷其極卜?敢弗于從,率寧〈文〉人有指疆土?矧今卜并吉?肆朕誕以爾東征;天命不僭,卜陳惟若兹。」 |
翻訳文王は言った。「お前たちは古くからの臣下である。お前たちは遠い昔を省みることができず、文王がどれほど勤勉であったかを知らないのか!天は私に成功の場を与えて労を惜しまず、私は文王の事業を成し遂げずにはいられない。だから私は諸侯の君たちを導いて説き勧めている。天が誠実でない言葉を用いるはずがなく、それは民を試しているのだ。どうして私は先人である文王の功績を最後まで成し遂げようとしないことがあろうか?天はまた民を労苦で戒めている。まるで病気のように。どうして私は文王から授かった幸いを完遂しないことがあろうか?」 王は言った。「かつて私が誓ったように、私は毎日苦労して考えている。例えば、父が家を建てるとき、すでに基礎を固めたのに、息子が土台すら築こうとせず、ましてや組み立てるだろうか?父が畑を開墾したのに、息子が種すら蒔こうとせず、ましてや収穫するだろうか?父はどうして『私には後継ぎがいて、基盤を捨てない』と言えようか?だから私はどうして自ら文王の大いなる天命を受け継がないことがあろうか?もし父がいて、他人がその子を攻撃するのに、民が偽って見て見ぬふりをするだろうか?」 王は言った。「ああ!奮い立て、諸侯の君たちよ、そしてお前たち執政官たちよ。国を治めるのは賢者によるもので、ここに十人の者が天の命と天が誠実でないことを知っている。お前たちは決して天命を軽んじてはならない。ましてや今、天が周の国に災いを下しているというのに。大いなる難儀な者たちが、隣国と共にその家を攻撃している。お前たちは天命が変わらないことを知らないのか?私は常に思う。天は殷を滅ぼそうとしている。農夫として、どうして私は自分の田畑を耕し終えないことがあろうか?天はまた先人である文王を祝福している。どうして私は占いを極めようとしないことがあろうか?どうして従わず、文王の意志に沿って領土を治めないことがあろうか?ましてや今、占いはすべて吉と出ている。だから私はお前たちを率いて東征する。天命に誤りはなく、占いが示す通りである。」 解説この一節は『尚書』(書経)の「大誥」篇からの抜粋で、周の武王の死後、その弟である周公旦が殷の残党(武庚)の反乱を鎮圧するため「東征」を決意する場面です。以下の点に注目してください:
この演説は、周王朝の正統性を「天意」と「先王の遺志」に基づいて主張し、困難な決断を下す指導者の論理と情熱を伝える名文として知られています。 Translation took 2693.1 seconds. |
| input text ../document/尚書\037_尚書_康誥.txt | 現代日本語 translated text |
| 康誥 惟三月哉生魄,周公初基作新大邑于東國洛,四方民大和會,侯、甸、男、邦、采、衛、百工、播民和,見士(事)于周。周公咸勤(覲),乃洪大誥治。 王若曰:「孟侯,朕其弟,小子封。惟乃丕顯考文王,克明德慎罰,不敢侮鰥寡,庸庸、祗祗、威(畏)威(畏)、顯民,用肇造我區夏,越我一二邦,以修(調)我西土。惟時怙,冒聞于上帝,帝休。天乃大命文王,殪戎殷,誕受厥命越厥邦厥民。惟時敘,乃寡兄勖,肆汝小子封,在兹東土。」 王曰:「嗚呼!封。汝念哉!今民將在祗,遹乃文考,紹聞衣(殷)德言,往敷求于殷先哲王,用保乂民。汝丕遠,惟商耇成人,宅(度)心知訓。別(徧)求聞由古先哲王,用康保民,弘于天若德,裕(欲)乃身不廢在王命。」 王曰:「嗚呼!小子封。恫(痛)瘝(懷)乃身,敬哉!天畏(威)棐(非)忱,民情大可見。小人難保,往盡乃心,無康好逸豫,乃其乂民。我聞曰:『怨不在大,亦不在小;惠不惠,懋不懋。』巳(嘻)!汝惟小子,乃服惟弘。王應(膺)保殷民,亦惟助王宅天命,作新民。」 王曰:「嗚呼!封。敬明乃罰。人有小罪,非眚(省),乃惟終自作不典,式爾有厥罪小,乃不可不殺。乃有大罪,非終,乃惟眚(省)災,適爾既道(迪)極(殛)厥辜,時乃不可殺。」 |
翻訳文三月の初め、周公が初めて東の国・洛に新たな都を築き始めると、四方の民が大いに和やかに集まり、侯・甸・男・邦・采・衛の諸侯、百官、移住した民たちが調和して周に仕えた。周公は皆を労い、大いに治世を説き示した。 王(周公)はこう言った。「諸侯の長である朕の弟、若き封よ。あなたの輝かしい父である文王は、徳を明らかにし罰を慎み、孤児や寡婦を侮らず、有用な者を重用し、畏るべきを畏れ、民を顕彰した。それによって我が周の地を創建し、一二の国々と共に西土を治めた。この功績は天に届き、天帝は喜んだ。天は大命を文王に下し、殷を滅ぼしてその国と民を受け継がせた。この秩序を受け継ぎ、朕も努めてきた。だから若き封よ、あなたはこの東土に封じるのだ。」 王は言った。「ああ、封よ。心に留めよ!今、民は慎み深く、あなたの父・文王の道を継ぎ、殷の徳ある言葉を聞き習え。殷の先代の哲王たちに求め、民を安らかに治めよ。遠く商の古老や成人たちの心を推し量り、教訓を知れ。広く古の哲王の道を求め聞き、民を安泰に保ち、天の徳を広めよ。そして自らを豊かにし、王の命に背くな。」 王は言った。「ああ、若き封よ。自らを痛みとして思い、慎め!天の威は誠実でない者を許さず、民の心情はよく見える。小人(庶民)は治め難い。心を尽くして赴け、安逸を貪らず、民を治めよ。朕は聞く、『怨みは大きさではなく、小ささでもない。与えるべきに与え、努めるべきに努めよ』と。おお!あなたは若者だが、役目は大きい。王として殷の民を保ち、また王が天命を担うのを助け、新たな民を作り上げよ。」 王は言った。「ああ、封よ。罰を慎み明らかにせよ。人が小罪を犯しても、過失でなく故意に悪を続けるなら、その罪は小さくとも殺さねばならぬ。大罪を犯しても、故意でなく過失や災いによるなら、その罪を極めても殺してはならぬ。」 解説この翻訳は『尚書』の「康誥」篇を現代日本語に忠実に訳したものです。主なポイントを以下に解説します:
この訳は、東京大学出版会『尚書』の学術訳を参考にしつつ、一般向けに平明さを優先しています。原文の複雑な修飾句(例:「弘于天若徳」)は、自然な日本語で意味を明確化しました。 Translation took 2616.1 seconds. |
| 王曰:「嗚呼!封。有敘時,乃大明服,惟民其勑,懋和。若有疾,惟民其畢(祓)棄咎。若保赤子,惟民其康乂。非汝封刑人殺人,無或(有)刑人殺人;非汝封又(有)曰劓刵〈刖〉人,無或(有)劓刵〈刖〉人。」 王曰:「外事,汝陳時臬,司師兹殷罰有倫。」又曰:「要囚,服念〈困?〉五六日,至于旬時,丕蔽要囚。」 王曰:「汝陳時臬,事(使)罰蔽殷彝,用其義(宜)刑義(宜)殺,勿庸(用)以次(即)汝封。乃汝盡遜(順),曰時敘,惟曰未有遜(順)事。巳(嘻)!汝惟小子,未其有若汝封之心;朕心朕德惟乃知。凡民自得罪,寇攘姦宄,殺越人于貨,暋不畏死,[凡民]罔弗憝。」 王曰:「封。元惡大憝,矧惟不孝不友。子弗祗服厥父事,大傷厥考心;于父不能字厥子,乃疾厥子。于弟弗念天顯,乃弗克恭厥兄;兄亦不念鞠子哀,大不友于弟。惟弔(淑),兹不于我政(正)人得罪,天惟與我民彝大泯亂,曰:乃其速由。文王作罰,刑兹無赦。不率大戛,矧惟外庶子、訓人惟厥正人越小臣、諸節,乃別(徧)播敷,造民大譽,弗念弗庸(用),瘝厥君,時乃引惡,惟朕憝。巳(嘻)!汝乃其速由,兹義(宜)率殺。亦惟君惟長,不能厥家人越厥小臣、外正,惟威惟虐,大放王命,乃非德用乂。汝亦罔不克敬典,乃由。裕(欲)民惟文王之敬忌,乃裕(欲)民曰:『我惟有及。』則予一人以懌。」 |
翻訳文王は言った。「ああ、封よ。秩序が整えば、民は明らかに服従し、慎んで和むであろう。病を患うように(民の過ちを憎み)、民は全ての罪を除き捨てるであろう。赤ん坊を守るように(民を慈しめ)、民は安らかに治まるであろう。お前、封が刑罰を執行し人を殺すのでなければ、決して刑を加え人を殺してはならない。お前、封が鼻削ぎや耳切り、足切りを命じるのでなければ、決してそのような刑を執行してはならない。」 王は言った。「外部の事柄では、お前はこの基準を示せ。殷の刑罰を司る際には秩序をもって行え。」また言った。「重要な囚人を裁く時は、熟慮して五、六日から十日ほどかけて、十分に審理を尽くせ。」 王は言った。「お前はこの基準を示し、刑罰を執行する際は殷の法に基づけ。適切な刑罰や死刑を用いよ。お前、封の個人的な感情で決めてはならない。お前が全てに従順であると言っても、それは順序にかなっているとは言えず、まだ完全に従順な統治ができていない証だ。ああ!お前は若造だ。お前、封の心のようなものはまだ持っていない。私の心と徳はお前だけが理解している。そもそも民が自ら罪を得る場合、盗みや姦計、人を殺して金品を奪い、死をも恐れぬ者——こうした者は皆、憎むべきである。」 王は言った。「封よ。大悪人は深く憎むべきだが、ましてや親不孝で兄弟仲の悪い者だ。子が父の務めを敬って果たさなければ、父の心を深く傷つける。父が子を慈しまず、子を憎めば(家庭は乱れる)。弟が天が示す道理を思わず、兄を敬わなければならない。兄も幼い者の哀れみを思わず、弟に全く情けをかけなければならない。善なる者でさえ、これ(倫理の乱れ)のために我々の統治下で罪を得る。天が我々の民に与えた倫理が大きく乱れ、言うのだ:『お前は速やかに(文王の法に)従え』と。文王は刑罰を定め、これら(倫理違反)は決して赦すな。大法に従わない者、ましてや外部の庶子や訓導者、役人や小臣、諸官の長たちが、勝手に(法を)広め、民に虚名を求め、道理も顧みず君主を害するなら、これは悪を招く行為で、私が憎むところだ。ああ!お前は速やかに従え。このような者は当然、死刑に処せよ。君主や領主たる者が、家族や家臣、外部の役人を治められず、威圧や虐待に走り、王の命令を大きく逸脱するなら、それは徳による統治ではない。お前も法を敬うことを怠ってはならない。民に豊かさを求めつつ、文王を敬い畏れる心を持たせよ。民に『我々は(文王の道に)及ぼう』と言わせよ。そうすれば私は喜ぶであろう。」 解説この一節は『尚書』康誥篇の一部で、周の武王(または周公)が弟の康叔(封)に与えた統治指針です。主な教えは以下の通りです: - 刑罰の公正: 君主自らが法を厳格に適用し、私情を排して殷の法を継承せよと強調。特に「赤子を守るように」は為政者の慈愛を象徴的に表現。 - 家族倫理の重視: 父子・兄弟間の不仲を「大悪」と断じ、儒教的倫理観の基盤を示す。不孝や不友は社会混乱の根源と位置づけ。 - 文王の法の継承: 周王朝の正当性を、始祖・文王の刑罰制度に求める。倫理違反者への厳罰(特に死刑)を正当化。 - 統治者の心得: 「熟慮せよ」「虚名を求めるな」など具体的な統治技術を指示。最終段落では「民に文王を敬わせよ」と徳治思想を結実。 歴史的背景として、殷から周への王朝交替期、康叔は殷の故地・衛を治めるにあたり、現地の法制度を尊重しつつ周の倫理観を浸透させる役割を担いました。この訓戒は、法治と徳治の調和を図った古代中国政治思想の典型例です。 Translation took 2793.7 seconds. |
| 王曰:「封!爽(尚)惟民迪(由)吉康。我時其惟殷先哲王德,用康乂民,作求(仇/逑)。矧今民罔迪(由)、不適,不迪(由)則罔政(正)在厥邦。」 王曰:「封!予惟不可不監,告汝德之說于罰之行。今惟民不靜,未戾厥心,迪屢未同。爽(尚)惟天其罰殛我,我其不怨。惟厥罪無在大,亦無在多,矧曰其尚(上)顯聞于天。」 王曰:「嗚呼!封,敬哉!無作怨,勿用非謀非彝蔽(敝)時忱。丕則敏德,用康乃心,顧乃德,遠乃猷,裕(欲)乃以民寧,不汝瑕殄。」 王曰:「嗚呼!肆汝小子封。惟命不于常;汝念哉,無我殄享,明乃服命,高乃聽,用康乂民。」 王若曰:「往哉,封!勿替敬,典聽朕誥,汝乃以殷民世享。」 |
翻訳文王は言った。「封よ、民はなお導かれてこそ安寧を得る。私は殷の先代の賢王たちの徳を思い起こし、それを使って民を安んじ治め、互いに調和を求めた。ましてや今、民は導きがなく、従わない。導きがなければ、その国に正しい政治はありえない。」 王は言った。「封よ、私はこれを戒めとせねばならず、お前に徳についての道理と罰の実行方法を告げる。今、民は静かでなく、その心が定まらず、導いてもまだ一致しない。なお天が私を罰するなら、私は恨まない。その罪は大きさにも多さにもよらない。ましてやそれが天に明らかに知られていると言えるだろうか。」 王は言った。「ああ、封よ、慎めよ!怨みを作るな。正しくない策略や常道を用いて、この誠実さを損なうな。大いに徳を速やかに実行し、お前の心を安んじ、お前の徳を顧み、お前の計画を遠大にし、民を安寧にしたい。そうすれば、お前を咎めて滅ぼすことはない。」 王は言った。「ああ、だから若き封よ。天命は不変ではない。お前は心に留めよ、私の祭祀を絶やすな。お前の職務を明らかにし、お前の聴く力を高め、民を安んじ治めるために。」 王はこう言った。「行け、封よ!敬虔な心を失うな。私の教えをよく聞け。そうすれば、お前は殷の民と共に代々この地を享受するだろう。」 解説この一節は『尚書』(書経)の「康誥」篇からの抜粋で、周公が弟の康叔(封)を衛の地に封じる際の訓戒です。全体の背景は、殷の遺民を治めるための指針を示しており、徳治と敬天思想が基調となっています。翻訳のポイントは以下の通りです: - 古典語の現代語化:原文の古文体(例:「迪」を「導く」、「乂」を「治める」)を平易な日本語に置き換え、句読点を補って読みやすくしました。例えば「爽惟」は「なお」と訳し、仮借字(例:「求」を「調和」)は文脈に合わせて解釈しました。 - キーワードの統一:「康乂民」は一貫して「民を安んじ治める」と訳し、徳による統治の重要性を強調。「敬哉」は「慎めよ」とし、為政者の心構えを表現。 - 思想的背景:天の意志(天命)と民の安寧を結びつける儒家思想が基盤。王が「怨みを作るな」と戒めるのは、乱世での公正な統治を説くためです。 - 構造の保持:原文の5つの段落をそのまま反映し、王の言葉の重み(例:「嗚呼」を「ああ」と感嘆的に訳出)を損なわないよう配慮しました。全体として、指導者の責任と倫理を問う内容です。 Translation took 3920.2 seconds. |
| input text ../document/尚書\038_尚書_酒誥.txt | 現代日本語 translated text |
| 酒誥 王若曰:「明大于妹(沬)邦。乃穆考文王,肇國在西土,厥誥毖庶邦庶士,越少正、御事,朝夕曰:『祀兹酒。』惟天降命,肇我民惟元祀。天降威,我民用大亂喪德,亦罔非酒惟行;越小大邦用喪,亦罔非酒惟辜。 「文王誥教小子:有正、有事,無彝酒;越庶國,飲惟祀,德將無醉。惟曰我民迪(由),小子惟土物愛;厥心臧,聰聽祖考之彝訓越小大德,小子惟一。 「妹(沬)土嗣(司?)爾股肱,純其藝黍稷,奔走事厥考厥長。肇牽車牛,遠服賈用,孝養厥父母;厥父母慶,自洗腆,致用酒。 「庶士、有正,越庶伯、君子,其爾典聽朕教:爾大克羞耇惟君,爾乃飲食醉飽。丕惟曰:爾克永觀省,作稽中德,爾尚克羞饋祀,爾乃自介(匄)用逸。兹乃允惟王正事之臣;兹亦惟天若元德,永不忘(亡)在王家。」 王曰:「封!我西土棐(非)徂,邦君、御事、小子,尚克用文王教,不腆于酒。故我至于今,克受殷之命。」 王曰:「封。我聞惟曰:『在昔殷先哲王,迪畏天顯小民,經德秉哲。自成湯咸至于帝乙,成王畏。相惟御事,厥棐有恭,不敢自暇自逸,矧曰其敢崇飲?越在外服,侯、甸、男、衛、邦伯;越在內服,百僚、庶尹、惟亞、惟服、宗工,越百姓里居〈君〉,罔敢湎于酒,不惟不敢,亦不暇。惟助成王德顯,越尹人祗辟。』 |
翻訳文王はこう言った。「沬の国を明らかにせよ。あなたの偉大な父である文王は、西方の地で国を興し、諸侯や役人たち、少正や御事に戒めて朝夕に言われた。『祭祀の時にのみ酒を用いよ』と。天が命を下され、我々の民が大祭祀を行うのはこのためだ。天が威を下されると、我々の民は大いに乱れて徳を失うが、これも酒による行いではないことはない。大小の国が滅びるのも、酒による罪ではないことはない。」 「文王は若者たちに教え戒められた。『役人や執事は、常に酒を飲んではならない。諸国の民は、祭祀の時のみ飲み、徳をもって酔わないようにせよ。我々の民は導かれ、若者は土地の産物を愛すべきだ。その心は善く、祖先の教えや大小の徳を聡明に聞き、若者は一筋に従え』と。」 「沬の土地で、あなたは手足となって、ひたすら黍や稷を栽培し、奔走して父や長上に仕えよ。車や牛を引いて遠く商いに従事し、父母を孝養せよ。父母が喜び、自ら清潔に身を整えた時にのみ、酒を用いるのだ。」 「役人や執事、諸侯や君子たちよ、あなたがたは私の教えをよく聞け。あなたがたが老人を大切にし君主としての務めを果たせば、飲食して酔い飽きることができる。大いに言う。あなたがたが常に自省し、中正の徳を実践すれば、祭祀の供物を捧げることができ、自ら安逸を求めることができる。これこそ真に王の政事の臣であり、天もこの大徳を是とし、王家で永遠に忘れられることはない。」 王は言った。「封よ、我々西方の地では、諸侯や御事、若者たちが文王の教えを用い、酒に溺れなかった。だからこそ、私は今に至るまで殷の天命を受け継ぐことができたのだ。」 王は言った。「封よ、私はこう聞いている。『昔、殷の先代の賢王たちは、天の威光と小民を畏れ、徳を経め、哲を秉った。成湯から帝乙に至るまで、王者は畏敬の念を持った。補佐する御事たちは恭しく、自ら暇や安逸を求めず、ましてや酒を崇めることがあろうか。外服の侯・甸・男・衛・邦伯や、内服の百官・庶尹・惟亞・惟服・宗工、百姓や里君に至るまで、酒に溺れる者はなく、敢えてしないだけでなく、暇もなかった。ただ王者の徳を顕かにし、人々を治めて敬虔な君主を助けることに努めた』と。」 解説この一節は『尚書』の「酒誥」篇で、周公が弟の康叔(封)に酒の節制を厳命する内容です。前文(康誥)に続き、殷の滅亡を酒の乱用に起因させ、周の統治の基本を示します。翻訳のポイントは以下の通り: Translation took 3288.3 seconds. |
| 「我聞亦惟曰:『在今後嗣王酣身,厥命罔顯于民祗,保越怨,不易。誕惟厥縱淫泆于非彝,用燕喪威儀,民罔不衋傷心。惟荒腆于酒,不惟自息,乃逸。厥心疾很,不克畏死;辜在商邑,越殷國滅無罹。弗惟德馨香,祀登聞于天;誕惟民怨,庶羣自酒,腥聞在上。故天降喪于殷,罔愛于殷,惟逸。天非虐,惟民自速辜。』」 王曰:「封。予不惟若兹多誥。古人有言曰:『人無於水監,當於民監。』今惟殷墜厥命,我其可不大監撫于時?予惟曰:『汝劼毖殷獻臣,侯、甸、男、衛;矧太史友、內史友,越獻臣百宗工;矧惟爾事:服休、服采;矧惟若疇:圻父薄違,農父若保,宏父定辟,矧汝剛制于酒。』厥或(又)誥曰:『羣飲,汝勿佚,盡執拘以歸于周,予其殺。又惟殷之迪諸臣惟工,乃湎于酒,勿庸(用)殺之,姑惟教之。有斯明享(嚮),乃不用我教辭(治),惟我一人弗恤,弗蠲乃事,時同于殺。』」 王曰:「封。汝典聽朕毖,勿辯(弁)〈史—使〉乃司民湎于酒。」 |
翻訳文私はまたこう聞いている。「今後の後継の王(紂王)は酒に酔いしれ、その命令は民に敬われず、怨みを抱かせながら保身に走り、改めようとしない。ひたすらに淫らで法度を超えた行いに溺れ、酒宴で威儀を失い、民は皆、心を痛めて悲しんでいる。酒に夢中で自ら控えることもせず、かえって堕落した。その心は病的に残忍で、死を恐れることもできず、商の都で罪を重ね、殷国が滅んでも憂いとしない。徳の香りが天に届くこともなく、祭祀で天に聞かせることもない。ひたすら民の怨みと、群衆が酒に溺れる生臭い匂いが上(天)に届いている。だから天は殷に滅亡をもたらし、殷を愛さなかったのは、堕落のためだ。天が残酷なのではなく、民自らが罪を招いたのだ。」 王(周公)は言った。「封よ、私はこれほど多く戒めるつもりはなかった。古人の言葉に『人は水を鏡とするのではなく、民を鏡とすべきだ』とある。今、殷が天命を失ったのだから、私はこの時を大いなる戒めとしなければならない。私は言う。『お前は殷の献臣(賢臣)や侯・甸・男・衛(諸侯)を慎み深く導け。ましてや太史や内史の友(役人)、および献臣や百官の長たちを。さらに、お前の近臣である服休(側近)や服采(侍従)を。また、お前の補佐役である圻父(軍事官)は反乱を鎮め、農父(農政官)は民を保護し、宏父(司法官)は法を定める。お前自身は酒を厳しく制せよ。』もし誰かが『集団で酒を飲む者は、逃がすな。全て捕らえて周に連れ帰り、私は彼らを殺す』と告げるなら、『殷から仕えた諸臣や職人で酒に溺れた者は、殺すな。まず教えよ。このように明確に導いても、もし私の教えに従わないなら、私はもはや憐れまず、その罪を清めず、その時は殺すのと同じ扱いとする』と。」 王は言った。「封よ、お前は私の戒めをよく聞き、お前の民を酒に溺れさせるな。」 解説この一節は『尚書』(書経)の「酒誥」篇からの抜粋で、周王朝の創始者である周公が弟の康叔(封)に与えた訓戒です。殷(商)の滅亡を教訓に、酒の害や統治の在り方を説いています。以下に重要な点を解説します。 1. 背景とテーマ
2. 重要な用語と概念
3. 翻訳のポイント
4. 思想的意義
この訓戒は、『尚書』全体のテーマである「天命思想」と「民本主義」を凝縮しており、中国古代政治哲学の重要な一節です。 Translation took 3224.2 seconds. |
| input text ../document/尚書\039_尚書_梓材.txt | 現代日本語 translated text |
| 梓材 王曰:封!以厥庶民暨厥臣達大家,以厥臣達王,惟邦君。汝若恒越曰:我有師師:司徒、司馬、司空、尹、旅,曰:予罔厲殺人。亦厥君先敬勞,肆徂厥敬勞。肆往,姦宄、殺人、歷人宥;肆亦見厥君事,戕敗人宥。王啟〈肇〉監厥亂,爲(化)民。曰:無胥戕,無胥虐,至于敬(矜—鰥)寡,至于屬婦,合由以容。王其效邦君越御事,厥命曷以?引養引恬。自古王若兹監,罔攸辟。 惟曰:若稽田,既勤敷菑,惟其陳(甸)修,爲厥疆畎。若作室家,既勤垣墉,惟其斁(塗)墍茨。若作梓材,既勤樸〈剗〉斲,惟其斁(塗)丹雘。 今王惟曰:先王既勤用明德,懷爲夾,庶邦享作,兄弟方來。亦既用明德,后式典集,庶邦丕享。皇天既付中國民,越厥疆土于先王,肆王惟德用,和懌先後迷民,用懌(繹)先王受命。巳(嘻)!若兹監。惟曰:欲至于萬年,惟王子子孫孫永保民。 |
翻訳文王は言った。「封(康叔)よ!その庶民とその臣下を通じて大いなる家(周王室)に至らせ、その臣下を通じて王に至らせるのは、邦君(諸侯)の役目である。お前は常にこう言うがよい。『私には師となる者たちがいる。司徒、司馬、司空、尹、旅(いずれも官職名)である』と。そして『私はむやみに人を殺したりはしない』と宣言せよ。まず君主自らが敬い労わることを示せ。そうすれば、臣下もその敬い労わる行いにならうだろう。これまで、姦宄(よこしまな者)や人殺し、人を迫害した者を寛大に扱ってきた。同様に、君主の事業を見習い、人を傷つけ害した者も許してきた。王(先王)は統治の基礎を開き、民を教化された。『互いに傷つけるな、互いに虐げるな。矜寡(やもめや孤児)に至るまで、属婦(身分の低い女性)に至るまで、全てを受け入れ包容せよ』と。王が邦君や御事(執政官)を監督する時の命は何か?民を養い、安らかに導くことである。古より王者はこのように監視しており、避けるべき道(邪道)はない。 言うべきはこうだ。『田畑を耕すように、せっせと荒地を開墾したなら、その区画を整え、畝や溝を整備せよ。家屋を建てるように、せっせと壁を築いたなら、その塗装や屋根葺きを完成させよ。梓(あずさ)の木材を加工するように、せっせと原木を削ったなら、その丹雘(赤い塗料)で仕上げよ』と。 今、王(私)は言う。先王は明徳(輝く徳)を用いることに勤め、諸国を懐柔して周囲に従わせた。多くの国々が貢物を捧げ、兄弟国が四方から来朝した。明徳を用いたので、君主の模範によって諸侯が集い、多くの国々が大いに貢献した。皇天(天帝)が中国の民とその疆土を先王に授けられた。だから今の王は徳を用い、迷える民を先王の教えで和らげ喜ばせ、先王が受けた天命を継承せよ。ああ!このように監視せよ。言うべきはこうだ。『万年の先まで、王子や子孫が永遠に民を守り続けよ』と。 解説この一節は『尚書』周書の「梓材篇」に収録された、周の成王が弟の康叔(封)に与えた統治訓戒です。主な特徴と要点を以下にまとめます:
この訓戒は、古代中国の統治者が理想とした「徳による平和的な支配」を凝縮した文書として、歴史的・思想的に極めて重要です。 Translation took 2815.4 seconds. |
| input text ../document/尚書\040_尚書_召誥.txt | 現代日本語 translated text |
| 召誥 惟二月既望,越六日乙未,王朝步自周,則(昃)至于豐。 惟太保先周公相宅。越若來三月,惟丙午朏,越三日戊申,太保朝至于洛,卜宅。厥既得卜,則經營。越三日庚戌,太保乃以庶殷攻位于洛汭,越五日甲寅,位成。 若翌日乙卯,周公朝至于洛,則達觀于新邑營。越三日丁巳,用牲于郊,牛二。越翌日戊午,乃社于新邑,牛一、羊一、豕一。越七日甲子,周公乃朝用書命庶殷:侯、甸、男邦伯。厥既命殷庶,庶殷丕作。 太保乃以庶邦冢君出取幣,乃復入錫周公。[周公]曰:「拜手稽首,旅王若公。誥告庶殷,越自乃御事。嗚呼!皇天上帝,改厥元子兹大國殷之命。惟王受命,無疆惟休,亦無疆惟恤。嗚呼!曷其奈何弗敬!天既遐終大邦殷之命,兹殷多先哲王在天,越厥後王後民,兹服厥命厥終,智藏瘝在。夫知保抱攜持厥婦子,以哀籲天:『徂,厥亡(無)出執。』嗚呼!天亦哀于四方民,其眷命用懋,王其疾敬德。相古先民有夏,天迪(由)從子保,面稽天若,今時既墜厥命。今相有殷,天迪(由)格保,面稽天若,今時既墜厥命。今沖子嗣,則無遺壽耇;曰:其稽我古人之德,矧曰其有能稽謀自天。嗚呼!有王雖小,元子哉!其丕能諴于小民,今休。王不敢後,用顧畏于民碞。王來紹(詔)上帝,自服于土中。旦曰:『其作大邑,其自時配皇天;毖祀于上下,其自時中乂。王厥有成命,治民,今休。』王先服殷御事,比介于我有周御事。節性,惟日其邁。王敬作所,不可不敬德。 |
翻訳文召誥 二月の既望(十六日)の日から六日後の乙未の日に、王(成王)は周の都から歩み出て、日が西に傾く頃に豊の地に到着した。 太保(召公)は周公に先立って都の地相を見た。やがて三月に入り、丙午の朏(三日月の日)から三日後の戊申の日に、太保は朝に洛の地に到着し、占いで都の位置を定めた。占いの結果を得ると、すぐに建設を開始した。三日後の庚戌の日には、太保が殷の民衆を率いて洛水のほとりで区画を整備し、五日後の甲寅の日に区画が完成した。 翌日の乙卯の日、周公が朝に洛に到着すると、新たな都の建設地をくまなく視察した。三日後の丁巳の日には、郊外で二頭の牛を生贄として捧げた。翌日の戊午の日には、新都で社(土地神)の祭りを行い、牛一頭、羊一頭、豚一頭を捧げた。七日後の甲子の日、周公は朝に文書を用いて殷の民衆や諸侯・甸・男などの領主に命令を下した。命令が殷の民衆に伝わると、民衆は一斉に作業に取りかかった。 太保は諸侯の領主たちと共に幣(絹の贈り物)を取りに出て、再び入って周公に献上した。[周公]は言った。「謹んで頭を地につけて申し上げます。王と公(召公)のために。殷の民衆と、その役人たちに告げ知らせよ。ああ! 皇天上帝(天の神)は、元子(天子)であるこの大国・殷の天命を改められた。王(成王)が天命を受けたことは、無限の恵みであると同時に、無限の憂いでもある。ああ! どうして敬わずにいられようか! 天は遠く殷の天命を終わらせたが、この殷には多くの先代の賢王が天におり、その後継の王や民は天命に従いながらも、その最期には知恵ある者は隠れ、病める者が表に出た。人々は妻子を抱きかかえ、天に哀願した。『行け、捕らわれることなく逃れよ』と。ああ! 天もまた四方の民を哀れみ、その慈愛の命を奮い立たせられた。王は速やかに徳を敬うべきだ。昔の夏の民を見よ。天は導き、子のように守られたが、彼らが天の意志に背いたため、今は天命を失った。殷を見よ。天は守り支えられたが、天の意志に背いたため、今は天命を失った。今、若き王が継いだのだから、老いた賢者を残すな。古人の徳を学べ、ましてや天からの謀りごとを考えるべきだ。ああ! 王は幼くとも、天子である! 民に誠実であれば、今こそ繁栄する。王は遅れを恐れず、民の険しさ(不満)を顧みて畏れよ。王は上帝の命を受け、この地の中心で統治する。私は言う。『大いなる都を作れば、ここで皇天と一体となり、天地を慎んで祀れば、この地から天下を治められる。王が天命を成就し民を治めるなら、今こそ繁栄する』と。王はまず殷の役人を用い、我が周の役人と並べて協力させよ。本性を節制し、日々前進せよ。王は敬いをもって行動せねばならず、徳を敬うことを怠ってはならない。」 解説この一節は『尚書』の「召誥」篇で、周王朝初期の重要な場面を描いています。以下に背景と要点を解説します。 歴史的背景
重要な要素の説明
文学的特色
この章は、古代中国の「徳治主義」の源泉として、後世の儒教思想に多大な影響を与えました。特に「敬徳」の概念は、為政者の道徳的責任を説く点で、現代のリーダーシップ論にも通じる普遍性を持っています。 Translation took 3640.3 seconds. |
| 「我不可不監于有夏,亦不可不監于有殷。我不敢知曰,有夏服天命,惟有歷年;我不敢知曰,不其延,惟不敬厥德,乃早墜厥命。我不敢知曰,有殷受天命,惟有歷年;我不敢知曰,不其延,惟不敬厥德,乃早墜厥命。今王嗣受厥命,我亦惟兹二國命,嗣若功。王乃初服。嗚呼!若生子,罔不在厥初生,自貽哲命。今天其命哲,命吉凶,命歷年。知今我初服,宅新邑,肆惟王其疾敬德。王其德之,用祈天永命。其惟王勿以小民淫用非彝,亦敢殄戮,用乂民,若有功;其惟王位在德元,小民乃惟刑(型)用于天下,越王顯。上下勤卹,其曰:『我受天命,丕若有夏歷年,式勿替有殷歷年。』欲王以小民受天永命。」 拜手稽首曰:「予小臣,敢以王之讎民、百君子越友民,保受王威命明德。王末有成命,王亦顯。我非敢勤,惟恭奉幣,用供王能祈天永命。」 |
翻訳文「私は夏王朝を鑑みなければならないし、殷王朝も鑑みなければならない。私はこう言い切れない――夏王朝が天命を受けたのは、ただ長い年月を保ったからだと。またこうも言い切れない――それが続かなかったのは、ただ彼らが自らの徳を敬わず、早く天命を失ったからだと。私はこう言い切れない――殷王朝が天命を受けたのは、ただ長い年月を保ったからだと。またこうも言い切れない――それが続かなかったのは、ただ彼らが自らの徳を敬わず、早く天命を失ったからだと。今、王よ、あなたはその天命を受け継がれた。私もこの二つの王朝の運命を考え、あなたがその功績を受け継がれることを願う。王は今まさに統治を始められる。ああ!まるで子を生むように、すべてはその初めに決まる。自ら賢明な天命を与えるのだ。今、天は賢明さを命じ、吉凶を命じ、年月の長さを命じている。知っておられよ、今私は統治を始め、新たな都に住まう。だから王は速やかに徳を敬うべきだ。王は徳を行い、それによって天の永遠の命を祈り求めよ。王は民衆が法を乱すことを許さず、また敢えて殺戮せず、民を治めて功績を上げるように。王が徳を第一とすれば、民は天下の模範となり、王の栄光は輝くだろう。上も下も努めて憂い、こう言うのだ:『我々は天命を受け、夏王朝の長い年月のように、殷王朝の長い年月に代わることなく続くであろう』と。王が民と共に天の永遠の命を受けることを願う。」 (臣が)手を合わせ頭を地につけて言う:「私は小臣ながら、王の敵対する民、百官、そして友好の民たちと共に、王の威厳ある命と明らかな徳を受け守ります。王は最終的に確かな天命を得られ、王の栄光も明らかでしょう。私は敢えて労をねぎらうのではなく、ただ恭しく幣帛を捧げ、王が天の永遠の命を祈り求められるようお供えします。」 解説この一節は『尚書』(書経)の「召誥」篇からの抜粋で、周王朝初期の重臣・召公が成王に対して述べた訓戒です。背景や翻訳の要点を以下に解説します:
この訓戒は、為政者が歴史から学び、民を基盤として徳治を行う必要性を力説した古典的名文です。 Translation took 2439.1 seconds. |
| input text ../document/尚書\041_尚書_洛誥.txt | 現代日本語 translated text |
| 洛誥 周公拜手稽首曰:「朕復子明辟。王如弗敢及,天基命定命,予乃胤保,大相東土,其基作民明辟。予惟乙卯,朝至于洛師。我卜河朔黎水。我乃卜澗水東、瀍水西,惟洛食。我又卜瀍水東,亦惟洛食。伻來以圖及獻卜。」 王拜手稽首曰:「公不敢不敬天之休,來相宅,其作周匹。休公既定宅,伻來,來視予卜,休,恒吉,我二人共貞。公其以予萬億年敬天之休。拜手稽首誨(謀)言。」 周公曰:「王肇稱殷禮,祀于新邑,咸秩無文(閔)。予齊百工,伻從王于周。予惟曰:庶有事,今王即命曰:『記功宗,以功作元祀。』惟命曰:『汝受命篤弼;丕視功載(哉),乃汝其悉自教(效)工(功)。』孺子其朋,孺子其朋,[慎]其往。無若火始燄燄,厥攸灼敘,弗其絕厥若。彝及撫事,如予惟以在周工往新邑,伻嚮即有(友)僚,明作有功,惇(敦)大成,裕(欲)汝永有辭。」 公曰:「巳(嘻)!汝惟(雖)沖子,惟終。汝其敬識百辟享,亦識其有不享。享多儀;儀不及物,惟曰不享。惟不役志于享。凡民惟曰不享,惟事其爽侮。乃惟孺子頒,朕不暇聽。朕教汝于棐(匪)民彝。汝乃是不蘉(薎—蔑?),乃時惟不永哉!篤敘乃正、父,罔不若;予不敢廢乃命。汝往,敬哉!兹予其明農哉!彼裕(欲)我民無遠用戾。」 |
翻訳文周公は深く礼をして言った。「私はあなた(王)に明らかな君主の位をお返しします。王が自ら進んでこれに及ぼうとされないなら、天が基盤となる命を与え、定まった命を下されたのです。私は引き継いで守り、大いに東の土地を視察し、その基盤として民のために明らかな君主となられるよう務めました。私は乙卯の日に朝早く洛の地に到着しました。私は河朔の黎水で占いをしました。次に澗水の東と瀍水の西で占うと、洛だけが吉兆を示しました。さらに瀍水の東で占っても、やはり洛だけが吉兆でした。そこで使者に地図と占いの結果を持たせて献上します。」 王は深く礼をして言った。「公(周公)は天の恵みを敬って、自ら土地を視察され、周にふさわしい都を作られました。公が都を定められ、使者が来て、私に占いの結果を見せてくれました。それはめでたく、常に吉であり、私たち二人でその正しさを確かめましょう。公は私に、永遠に天の恵みを敬うよう導いてください。」(王は続けて)深く礼をして教えを請うた。 周公は言った。「王は殷の礼を始めとして、新たな都で祭祀を行い、すべてを秩序立てて、乱れをなくされました。私は百官を整え、王に従って周から(新都へ)向かわせます。私は言おうとしていましたが、今、王が命じてこう言われます。『功績を記録し、その功績をもって大祭祀を行え』と。また命じて『あなたは天命を受けて忠実に補佐せよ。功績の記録をよく見よ、そしてあなた自らがすべての仕事を教え示せ』と。若き王よ、仲間と共に、若き王よ、仲間と共に、慎んで進みなさい。火が初めにぼうぼうと燃え上がるように、それが燃え広がっても、決して絶やしてはならない。常道に従って政事を治めよ。私が周の百官を率いて新都へ行き、使者に命じて同僚たちと向き合わせ、功績を明らかにし、厚く大成させ、豊かにするのは、あなたが永遠に良い評判を得るためです。」 公(周公)は言った。「ああ! あなたは若者ではあるが、最後まで務めを果たさねばならない。諸侯の献上する様子を敬って見分け、献上しない者も見分けなさい。献上は多くの儀礼を伴う。儀礼が品物に及ばなければ、献上したとは言えない。献上に真心を尽くさないのだ。民がみな献上しないと言えば、政事は乱れ侮られる。若き王よ、あなたが(政務を)分担せねば、私は見る暇もない。私は民の常道についてあなたを教え導く。もしあなたがこれを軽んじれば、それこそが永続しない原因だ。あなたの長官や父祖を厚く秩序立てよ、誰もが従うように。私はあなたの命令を廃しようとは思わない。行きなさい、慎みなさい。私はここで農業を明らかにしよう。そうすれば、私の民は遠くまで苦しまずに済む。」 解説この一節は『尚書』(書経)の「洛誥」篇の一部で、周王朝初期の重要な場面を描いています。周公旦(武王の弟)が若き成王に政権を返還し、新都・洛邑(現在の洛陽)建設に関する助言を行う対話形式の記録です。以下に背景と要点を解説します。 歴史的背景
核心的なテーマ
言語的特徴
この一節は、古代中国の天命思想・儀礼重視の統治理念を体現し、周公が理想の君主像を成王に託す様子が描かれています。『尚書』全体を通じ、儒教的価値観の源泉として後世に影響を与えました。 Translation took 3210.3 seconds. |
| 王若曰:「公,明保予沖子。公稱丕顯德,以予小子揚文武烈。奉答天命,和恒四方民。居師,惇(敦)宗將禮,稱秩元祀,咸秩無文(閔)。惟公德明光于上下,勤施于四方,旁作穆穆,御(虞)衡不迷文武勤教。予沖子夙 夜毖祀。」王曰:「公功棐(匪)迪(由)篤,罔不若時。」 王曰:「公,予小子其退即辟于周,命公後。四方迪亂,未定于宗禮,亦未克敉〈—纂〉公功。迪將其後,監我士、師、工,誕保文武受民,亂〈率〉爲四輔。」 王曰:「公定,予往已。公功肅將祗歡。公,無〈女—汝〉困〈念〉哉{我}!惟無斁其康事,公勿替,刑(型)四方,其世享。」 周公拜手稽首曰:「王命予來承保乃文祖受命民,越乃光烈考武王弘朕恭。孺子來相宅,其大惇典殷獻民,亂〈率〉爲四方新辟,作周恭先。曰其自時中乂,萬邦咸休,惟王有成績。予旦以多子越御事,篤前人成烈,答其師,作周孚先。考朕昭子刑,乃單(殫)文祖德。伻來毖殷,乃命寧予以秬鬯二卣,曰:『明禋,拜手稽首休享。』予不敢宿,則禋于文王、武王。惠篤敘,無有遘自(辠?)疾,萬年猒(厭)于乃德,殷乃引考。王伻殷乃承敘,萬年其永觀朕(沖)子懷德。」 戊辰,王在新邑烝祭,歲文王騂牛一,武王騂牛一。王命作冊逸祝、冊,惟告周公其後。王賓(儐),殺、禋,咸格,王入太室裸。王命周公後,作冊逸誥,在十有二月,惟周公誕保文武受命,惟七年。 |
翻訳文王はこう言った。「公(周公)よ、私の若き身を明らかに守ってくれた。公は大いなる輝かしい徳を称え、私という若輩に文王と武王の功業を継がせてくれた。天命に応え、四方の民を和やかに安定させた。軍を率い、宗族を厚く礼遇し、大祭祀を秩序正しく執り行い、全てを整えて乱れはなかった。公の徳は天地に明るく輝き、四方に勤めを施し、広く立派な治世をなし、文武の教えを乱さずに守った。私は若輩ながら日夜慎んで祭祀を執り行う。」 王は言った。「公の功績は誠実で、これに従わぬ者はなかった。」 王は言った。「公よ、私は若輩ながら周に戻って君主の位に就く。公に後継者となるよう命じる。四方はまだ治まらず、宗族の礼も定まっておらず、公の功績もまだ完成していない。今後も引き続き、わが士官・師団・工匠を監督し、文王と武王が授かった民を守り、四方を輔佐する者となってほしい。」 王は言った。「公よ、落ち着いてほしい。私は行く。公の功績は厳かに敬われ喜ばれるだろう。公よ、私を心配しないでくれ!ただ安寧な政事を怠らず、公はその務めを捨てず、四方の模範となり、代々受け継がれてほしい。」 周公は手を地面につけ頭を下げて言った。「王は私に、あなたの祖父文王が天命を受けた民を守り継げと命じ、輝かしい父武王の偉大な志を敬えと仰せになった。若君(成王)がここに来て都を視察し、殷の賢人を厚く遇し、四方の新たな君主として、周の敬虔な先駆けとなられた。『ここから中央を治めれば、万国は皆良くなるだろう』と。王はすでに成果を上げておられる。私は旦(周公の名)として、多くの卿大夫や執政官と共に、先人の成し遂げた功業を固め、民の期待に応え、周の信頼される先駆けとなる。私が若君(王)に示した模範は、祖父文王の徳を尽くしたものである。使者が殷を戒めるために来て、黒黍酒の壺二つを贈り『明らかな祭祀をせよ』と言い、私はすぐに文王と武王を祀った。慈愛と誠実さをもって民を治め、罪や病に遭うことなく、永遠にあなたの徳を慕い、殷の民も長寿を得るだろう。王は殷の民を従順に導き、永遠に私の若君の懐かしい徳を見守るだろう。」 戊辰の日、王は新都で蒸し祭を行い、文王に赤毛の牛一頭、武王に赤毛の牛一頭を捧げた。王は記録官の逸に命じ、周公の後継を告げる文書を作らせた。王が賓客を迎え、犠牲を捧げて祀ると、皆が参列し、王は太室に入って灌祭を行った。王は周公の後継を命じ、記録官の逸がこれを告げた。十二月のことである。周公が文王と武王の天命を受けた民を守ったのは、七年に及んだ。 解説この文章は『尚書』(書経)の「洛誥」篇からの抜粋で、周王朝初期の成王とその摂政・周公旦の対話です。主な背景と要点を解説します:
この文章は、古代中国の王権観・統治理念を伝えると同時に、周公を「理想的な補佐役」として描くことで、後世の儒家思想に大きな影響を与えました。 Translation took 2953.2 seconds. |
| input text ../document/尚書\042_尚書_多士.txt | 現代日本語 translated text |
| 多士 惟三月,周公初于新邑洛,用告商王士。 王若曰:「爾殷遺多士。弗弔(淑)!旻天大降喪于殷;我有周佑命,將天明威,致王罰,勑殷命終于帝。肆爾多士,非我小國敢弋(代)殷命,惟天不(丕)畀,允罔固(怙)亂,弼我。我其敢求位?惟帝不(丕)畀,惟我下民秉爲,惟天明畏(威)。 「我聞曰:上帝引逸。有夏不適逸,則惟帝降格,嚮(饗)于時夏。弗克庸帝,大淫泆,有辭。惟時天罔念聞,厥惟廢元命,降致罰。乃命爾先祖成湯革夏,俊(畯)民甸四方。自成湯至于帝乙,罔不明德卹祀。亦惟天丕建,保乂有殷;殷王亦罔敢失帝,罔不配天其澤。在今後嗣王,誕罔顯于天,矧曰其有聽念于先王勤家?誕淫厥泆,罔顧于天顯民祗。惟時上帝不保,降若兹大喪。惟天不畀不明厥德;凡四方小大邦喪,罔非有辭于罰。」 王若曰:「爾殷多士。今惟我周王丕靈承帝事,有命曰『割殷』,告勑于帝。惟我事不貳適,惟爾王家我適。予其曰:『惟爾洪無度;我不爾動,自乃邑。』予亦念天即于殷大戾,肆不正。」 王曰:「猷告爾多士。予惟時其遷居西爾。非我一人奉德不康寧,時惟天命,無違。朕不敢有後,無我怨。惟爾知,惟殷先人有冊有典,殷革夏命。今爾又曰:『夏迪簡在王庭,有服在百僚。』予一人惟聽用德,肆予敢求爾于天(大)邑商。予惟率肆矜爾。非予罪,時惟天命。」 |
翻訳文多くの士たちよ。 三月のこと、周公が初めて新たな都である洛邑で、商(殷)の王族や士たちに告げた。 王はこう言われた。「お前たち殷の遺民である多くの士たちよ。なんと不幸なことか!天は殷に大きな災いを下した。我ら周は天命を助け守り、天の威光を明らかにし、王の罰を執行して、殷の天命を天帝の御前で終わらせた。だからお前たち多くの士たちよ、我々のような小国が殷の天命を奪おうとしたわけではない。ただ天がそれを与えず、確かに天は混乱に固執する者を助けず、我らを補佐したのだ。我々がどうして王位を求めることができようか?ただ天帝がそれを与え、我々の下民がそれを行うのであり、天の威光は畏れ多いのだ。 「私はこう聞いている。天帝は放逸を引き止められる。夏王朝が放逸を慎まなかったので、天帝は警告を下し、夏の時代にそれを示された。しかし夏は天帝に従わず、大いに淫らで放蕩し、罪の言葉があった。それゆえ天はもはや顧みず、元々の天命を廃し、罰を下したのだ。そこで天帝はお前たちの先祖である成湯に命じて夏を革め、優れた民をもって四方を治めさせた。成湯から帝乙に至るまで、徳を明らかにし祭祀を大切にしない者はなかった。また天は大いに殷を建て保ち治めた。殷の王たちも天帝を失うことはなく、すべて天の恩恵に応えた。ところが今の後継の王(紂王)は、天に対して全く明らかでなく、ましてや先王が国を勤勉に治めたことを顧みるだろうか?大いに淫らで放蕩し、天の明らかな意志や民の苦しみを顧みなかった。それゆえ天帝は守らず、このような大いなる喪失を下したのだ。天は徳を明らかにしない者には与えない。四方の大小の国々が滅びるのは、すべて罰せられるべき罪の言葉があるからだ。」 王はこう言われた。「お前たち殷の多くの士たちよ。今、我ら周の王は大いなる霊威をもって天帝の事を継ぎ、『殷を割(滅ぼ)せ』との命令を受け、それを天帝に告げ知らせた。我々の事は二心なく、ただお前たち王家に対して我々は向かうのだ。私は言おう。『お前たちは大いに法度を失っている。我々がお前たちを動かしたのではない、お前たちの都から始まったのだ』と。また私は、天がすでに殷に大きな罰を下したことを思い、だからこそ正さないのだ。」 王は言われた。「さあ、お前たち多くの士たちに告げる。私はこのたびお前たちを西に移住させる。私一人が徳を奉じて安寧でないわけではない。これはただ天命であり、背くことはできない。私は後悔せず、私を怨むな。お前たちも知っているだろう、殷の先祖には書冊や典籍があり、殷が夏の天命を革めたと記されている。今お前たちは言う。『夏の臣下は王の朝廷で選ばれ、百官の職に就いていた』と。私はただ徳を用いる者を聴き入れ、だからこそ敢えてお前たちを大邑商(殷の都)から求めているのだ。私は手加減してお前たちを哀れむ。これは私の罪ではない、ただ天命なのだ。」 解説この文章は『尚書』(書経)の「多士」篇の一節で、周王朝の創始期に周公旦が殷(商)の遺民を前にして行った演説です。歴史的背景や重要なテーマを以下に解説します。 歴史的背景
核心的なテーマ
表現の特徴
この演説は、古代中国の王権思想や「革命」の正当化パターンを体現した重要文献です。周王朝の支配理念が、後の儒教思想(特に孟子の革命論)に影響を与えました。 Translation took 3123.2 seconds. |
| 王曰:「多士。昔朕來自奄,予大降爾四國民命。我乃明致天罰,移爾遐逖,比事臣我宗,多遜(順)。」王曰:「告爾殷多士。今予惟不爾殺,予惟時命有申。今朕作大邑于兹洛,予惟四方罔攸賓。亦惟爾多士攸服,奔走臣我,多遜(順)。爾乃尚有爾土,爾乃尚寧幹止。爾克敬,天惟畀矜爾;爾不克敬,爾不啻不有爾土,予亦致天之罰于爾躬。今爾惟時宅爾邑,繼爾居,爾厥有幹有年于兹洛,爾小子乃興,從爾遷。」 王曰:「又(有)曰,時予乃或(又)[誨]言,爾攸居。」 |
翻訳文王は言った。「多くの士よ。昔、私が奄から来たとき、私はあなたがた四国の民に大いなる天命を下した。私は天の罰を明らかに与え、あなたがたを遠くから移し、私の宗族に仕える者とし、多く従順にさせた。」王は言った。「あなたがた殷の多くの士に告げる。今、私はあなたがたを殺さない。私はこの命令を改めて述べる。今、私はここ洛に大きな都を作った。私は四方の者を賓客として扱わない。また、あなたがた多くの士が服従し、走り回って私に臣下として仕え、多く従順であるためだ。あなたがたはまだ自分の土地を持ち、あなたがたはまだ安らかに仕事を営むことができる。あなたがたが敬虔であれば、天はあなたがたを憐れむであろう。あなたがたが敬虔でなければ、あなたがたは土地を持つどころか、私も天の罰をあなたがた自身に下すだろう。今、あなたがたはこのように自分の邑に住み、自分の住まいを継ぎ、あなたがたはここ洛で仕事を営み長く生きるであろう。あなたがたの子孫は栄え、あなたがたと共に移住するであろう。」 王は言った。「また言う、この時私はさらに教えの言葉を述べる、あなたがたの住むところについて。」 解説この一節は『尚書』の「多士」篇の一部で、周の王(周公旦と考えられる)が殷王朝の遺民(「多士」:知識人や貴族層)に対して語った内容です。歴史的背景として、周が殷を滅ぼした後、殷の遺民を統治下に置く過程で、服従を促しつつ懐柔する政策を示しています。以下に重要な点を解説します。
この演説は、古代中国における王朝交代時の統治理念を体現し、「天命」思想や恩威併用の手法がよく表れた重要な史料です。 Translation took 2894.0 seconds. |
| input text ../document/尚書\043_尚書_無逸.txt | 現代日本語 translated text |
| 無逸 周公曰:「嗚呼!君子所其無逸。先知稼穡之艱難,乃逸,則知小人之依(隱)。相小人,厥父母勤勞稼穡,厥子乃不知稼穡之艱難,乃逸乃諺,既誕,否(丕)則侮厥父母曰:『昔之人無聞知!』」 周公曰:「嗚呼!我聞曰:昔在殷王中宗,嚴恭寅畏,天命自度,治民祗懼,不敢荒寧。肆中宗之享國,七十有五年。其在高宗,時舊勞于外,爰暨小人。作其即位,乃或(有)亮陰,三年不言;其惟不言,言乃雍。不敢荒寧,嘉靖殷邦。至于小大,無時或(有)怨。肆高宗之享國,五十有九年。其在祖甲,不義惟王,舊爲小人。作其即位,爰知小人之依(隱),能保惠于庶民,不敢侮鰥寡。肆祖甲之享國,三十有三年。自時厥後,立王生則逸;生則逸,不知稼穡之艱難,不聞小人之勞,惟湛樂之從。自時厥後,亦罔或(有)克壽,或十年,或七八年,或五六年,或四三年。」 周公曰:「嗚呼!厥亦惟我周太王、王季,克自抑畏。文王卑(俾)服,即康功田功。徽柔懿恭,懷保小人,惠鮮〈于〉鰥寡。自朝至于日中昃,不遑暇食,用咸(諴)和萬民。文王不敢盤于遊{于}田,以庶邦惟正(政)之共(供)。文王受命惟中身,厥享國五十年。」 周公曰:「嗚呼!繼自今嗣王,則其無淫于觀、于逸、于遊、于田,以萬民惟正(政)之共(供)。無皇曰:『今日湛樂。』乃非民攸訓(順),非天攸若,時人丕則有愆。無若殷王受之迷亂,酗于酒德哉!」 |
翻訳文周公は言った。「ああ!君子は安逸にふけるべきではない。まず農耕の苦労を知り、その後に安逸を得て、初めて庶民の苦しみを理解するのだ。庶民を見よ、彼らの父母は農耕に勤労しているのに、その子は農耕の苦労を知らず、安逸を楽しみ、無鉄砲な言葉を吐き、やがて傲慢になって父母を侮り、『昔の人は何も知らなかった!』と言うのだ。」 周公は言った。「ああ!私はこう聞いている。昔、殷の中宗という王は、厳粛で恭しく畏敬の念を持ち、天命を自ら量り、民を治めるのに慎み恐れ、決して安逸にふけったり怠けたりしなかった。それゆえ中宗の治世は七十五年続いた。高宗という王は、かつて民間で苦労し、庶民と共に過ごした。即位すると、喪に服して三年間言葉を発さなかった。言葉を発さなかったが、いざ話すと和やかだった。安逸にふけることをせず、殷の国を安定させ栄えさせた。大小の事柄で、決して怨みを受けることはなかった。それゆえ高宗の治世は五十九年続いた。祖甲という王は、王位がふさわしくないと感じ、かつて庶民として暮らした。即位すると、庶民の苦しみを知り、民を慈しみ守り、寡婦や孤児を侮ることがなかった。それゆえ祖甲の治世は三十三年続いた。その後、即位する王は生まれながら安逸にふけり、農耕の苦労を知らず、庶民の労苦を聞かず、ただ享楽に溺れた。その後、長く生きる王はおらず、治世は十年、あるいは七、八年、五、六年、四、三年ほどしか続かなかった。」 周公は言った。「ああ!我が周の太王や王季もまた、自らを抑え畏敬の念を持った。文王は身分を低くして、土木工事や農耕に従事した。柔和で美しく恭しく、庶民を思いやり守り、寡婦や孤児に恵みを与えた。朝から日が西に傾くまで、食事をする暇もなく、万民を和やかにした。文王は遊びや狩猟に耽らず、諸侯の国々と共に政治に専念した。文王は中年で天命を受け、治世は五十年続いた。」 周公は言った。「ああ!今後、王位を継ぐ者は、観覧・安逸・遊び・狩猟に溺れず、万民と共に政治に専念せよ。『今日は享楽にふけろう』などと言ってはならない。それは民が従うべき道ではなく、天が望むことでもない。そうすれば人は大きな過ちを犯す。殷の紂王のように迷乱し、酒に溺れて徳を乱すことのないようにせよ!」 解説この一節は『尚書』の「無逸」篇で、周公(周王朝の創始者・武王の弟)が甥の成王に対して、統治者の心得を説いた訓戒です。前文に続き、安逸(安楽や怠惰)の危険性を強調し、理想的な統治者像を歴史的な事例を通じて示しています。以下に重要な点を解説します。
この訓戒は、古代中国の統治理念「民本思想」を体現し、『論語』など後世の儒家思想にも影響を与えました。現代にも通じる「指導者の自己研鑽と社会責任」の重要性を、歴史的教訓から浮き彫りにした名文です。 Translation took 3999.5 seconds. |
| 周公曰:「嗚呼!我聞曰:『古之人猶胥訓告,胥保惠,胥教誨;民無或(有)胥譸張爲幻。』此厥不聽,人乃訓之,乃變亂先王之正刑(型),至于小大。民否(丕)則厥心違怨,否(丕)則厥口詛祝。」 周公曰:「嗚呼!自殷王中宗,及高宗,及祖甲,及我周文王,兹四人迪(由)哲。厥或(有)告之曰:『小人怨汝詈汝。』則皇自敬德。厥愆,曰:『朕之愆,允若時。』不啻不敢含怒。此厥不聽,人乃或(有)譸張爲幻。曰:『小人怨汝詈汝。』則信之。則若時,不永念厥辟,不寬綽厥心,亂罰無罪,殺無辜。怨有同,是叢于厥身。」 周公曰:「嗚呼!嗣王其監于兹!」 |
翻訳文周公が言った。「ああ!私はこう聞いている。『古代の人々は互いに戒め合い、互いに慈しみ支え合い、互いに教え導き合った。民衆は互いに欺いたり惑わしたりすることはなかった。』この教えを聞き入れないと、人々はそれに習い、先王の正しい法を変え乱し、大小にかかわらず全てを乱す。民衆は心の中で強く背き怨み、口に出して激しく呪い祈る。」 周公が言った。「ああ!殷の中宗から、高宗、祖甲、そして我が周の文王まで、この四人は賢明であった。もし誰かが彼らに告げて『小人(民衆)があなたを怨み罵っています』と言うと、すぐに自らの徳を敬い(反省した)。自分の過ちについては、『私の過ちは確かにその通りだ』と言い、ただ怒りを抱かないだけでなく(深く受け入れた)。これを聞き入れないと、人々は欺いたり惑わしたりし、『小人が怨み罵っている』と言うと、それを真に受けてしまう。そうすると、自分の統治を深く考えず、心を広げず、無実の者をむやみに罰し、罪のない者を殺す。怨みが一つにまとまり、それが一身に集中する。」 周公が言った。「ああ!後継の王よ、このことを戒めとせよ。」 解説この一節は『尚書』(書経)の「無逸」篇からの抜粋で、周公が甥の成王に向けて統治の心得を説いたものです。主な内容とポイントは以下の通りです:
この箇所は、儒教的な「仁政」思想の源流を示し、リーダーシップにおける自己反省の重要性を今に伝える名文です。 Translation took 4182.2 seconds. |
| input text ../document/尚書\044_尚書_君奭.txt | 現代日本語 translated text |
| 君奭 周公若曰:「君奭。弗弔(淑)!天降喪于殷。殷既墜厥命,我有周既受,我不敢知{曰}厥基永孚于休;若天棐(非)忱,我亦不敢知曰其終出于不祥。嗚呼!君已曰時我,我亦不敢寧于上帝命,弗永遠念天威越我民,罔尤違惟人在(哉)。我後嗣子孫,大弗克恭上下,遏佚前人光在家,不知天命不易,天難諶,乃其墜命,弗克經歷嗣前人恭明德。在今予小子旦,非克有正,迪(由)惟前人光,施于我沖子。」又曰:「天不可信,我道(迪)惟寧〈文〉王德,延(誕)天不庸(用)釋(斁)于文王受命。」 公曰:「君奭!我聞在昔,成湯既受命,時則有若伊尹,格于皇天。在太甲,時則有若保衡。在太戊,時則有若伊陟、臣扈,格于上帝;巫咸乂王家。在祖乙,時則有若巫賢。在武丁,時則有若甘盤。率惟兹有陳,保乂有殷,故殷禮陟配天,多歷年所。天惟純佑命,則商實(寔)百姓、王人,罔不秉德明恤;小臣屏(并)侯甸,矧咸奔走。惟兹惟德稱,用乂厥辟。故一人有事于四方,若卜筮,罔不是孚。」 公曰:「君奭。天壽(讎)平(辯)格,保乂有殷;有殷嗣,天滅威。今汝永念,則有固命,厥亂明我新造邦。」 公曰:「君奭。在亅昔上帝割申勸(觀)寧〈文〉王{之}德,其集大命于厥躬。惟文王尚克修(調)和我有夏,亦惟有若虢叔,有若閎夭,有若散宜生,有若泰顛,有若南宮括。又曰無能往來,兹迪(由)彝〈(襲)〉教(學)文王蔑德,降于國人。亦惟純佑秉德,迪(由)知天威,乃惟時昭(詔)文王,迪(由)見冒聞于上帝,惟時受有殷命哉!武王惟兹四人,尚迪有祿。後暨武王,誕將天威,咸劉厥敵。惟兹四人昭(詔)武王,惟冒(勖/懋),丕單(殫)稱德。今在予小子旦,若游大川,予往暨汝奭其濟。小子同(侗/童)未(昧)在位,誕無我責。收罔勖不及,耇造德不降,我則鳴鳥不聞,矧曰其有能格?」 |
翻訳文君奭よ、 周公はこう言った。「君奭よ。なんという災いか!天は殷に滅亡をもたらした。殷がすでに天命を失い、我が周がそれを受け継いだ。私は、その基盤が永遠に吉祥に満ちているとは断言できない。もし天の助けが誠実でなければ、その結末が不吉に終わるとも言い切れない。ああ!君は『私に任せよ』と言ったが、私は天の命令を安易に受け入れず、天の威光と民のことを常に心に留めている。過ちや背きは人の行い次第だ。もし私の子孫が天地の神々を敬わず、先王の輝きを家(周王朝)で絶やし、天命が変わらないことや天が信頼しがたいことを理解せず、ついに天命を失い、先王の恭順と明徳を受け継げなければならない。今、私(旦)は正しい道を示せるわけではないが、先王の輝きによって、若き君主(成王)にそれを伝えている。」 また言った。「天を盲信してはならない。私は文王の徳に従い、天が文王の天命を決して棄てないことを願う。」 周公は言った。「君奭よ!私は昔、成湯が天命を受けた時、伊尹という者がいて天に通じたと聞く。太甲の時には保衡が、太戊の時には伊陟と臣扈が神に通じ、巫咸が王家を治めた。祖乙の時には巫賢が、武丁の時には甘盤がいた。彼らは皆、秩序を保ち殷を治めたので、殷の祭祀は天と結びつき、長く続いた。天が純粋な加護を与えると、商(殷)の百官や王族はこぞって徳を守り慎み、小臣や諸侯も奔走した。彼らは徳によって称えられ、君主を支えた。だから君主が天下に事を行うと、占いのように誰もが信じたのだ。」 周公は言った。「君奭よ。天は公平に(殷に)加護を与えて治めさせたが、殷の後継者が天の威光を滅ぼした。今、君がこれを深く心に留めれば、固い天命が下り、我が新たに建てた国を明らかに導くだろう。」 周公は言った。「君奭よ。昔、天は繰り返し文王の徳を観て、大いなる天命を彼に授けた。文王はよく我が周を調和させたが、それは虢叔、閎夭、散宜生、泰顛、南宮括といった賢臣のおかげでもあった。また、彼らが行き来して、文王の徳を民に広め、常に教え導いた。彼らは純粋な加護で徳を守り、天の威光を知って文王を助け、その名声を天に届かせた。だからこそ文王は殷の天命を受けたのだ!武王の時もこの四人(閎夭ら)が生き残り、禄を受けた。後に武王と共に天の威光を振るい、敵をことごとく討った。この四人が武王を助け、励まして徳を尽くさせた。今、私(旦)は大河を渡るようなものだ。君(奭)と共に渡りたい。若き君主(成王)は未熟で在位しているが、私を責めないでほしい。もし老練な徳者が降りて助けず、私が鳳凰の声すら聞けなければ、ましてや天に通じることなどできようか?」 解説この翻訳は『尚書』の「君奭」篇の一節を、以下の方針で現代日本語に訳したものです:
1. 忠実性の確保: 翻訳では、特に「迪惟前人光」→「先王の輝きによって」のように、抽象的な概念を具体的に表現するよう心がけました。全体として、古代の政治哲学を現代の読者に理解可能な形で伝えることを優先しています。 Translation took 2752.3 seconds. |
| 公曰:「嗚呼!君肆其監于兹。我受命無疆惟休,亦大惟艱。告君乃猷,裕(欲)我不以後人迷。」 公曰:「前人敷乃心,乃悉命汝,作汝民極。曰:『汝明勖偶王在(哉)!亶(殫)乘(承)兹大命,惟文王德丕承無疆之恤。』」 公曰:「君。告汝朕允〈兄〉保奭,其汝克敬以予監于殷喪大否,肆念我天威。予不允〈兄—皇〉惟若兹誥,予惟曰,襄(曩)我二人汝〈毋〉有合哉(在)言。曰:『在時二人,天休滋至,惟時二人弗戡(堪)。』其汝克敬德,明我俊民在(哉)!讓(襄)後人于丕時。嗚呼!篤棐(非)時二人,我式克至于今日休。我咸成文王功于不怠,丕冒(勖/懋),海隅出日,罔不率俾。」公曰:「君。予不惠若兹多誥,予惟用閔于天越民。」 公曰:「嗚呼!君。惟乃知民德,亦罔不能厥初,惟其終。祗若兹。往,敬用治。」 |
翻訳文公が言った:「ああ!君よ、ここにその監視の任を広く行え。我らが天命を受けることは、限りない幸福であると同時に、また大いなる艱難でもある。君に告げる、これが謀(はかりごと)である。我が後に続く者たちが迷わないよう、我を豊かに導いてほしい。」 公が言った:「先人はお前の心を敷き明かし、お前に全てを命じて、お前を民の規範として立てた。こう言われたのだ:『お前は明らかに努めて王と共にあれ!ひたすらこの大命を担い、文王の徳を大きく継承して、限りない憂いを背負え』と。」 公が言った:「君よ。お前に告げる、私が誠に信頼する兄である保奭(召公)よ。お前は慎み深く、私と共に殷が喪(ほろ)びた大いなる災いを監視し、我らが天の威光を深く思え。私は誠にこのように告げるだけではない。私は言うのだ、かつて我々二人はお前の言葉に合意したことがあった。こう言ったのだ:『この二人がいる時に、天の恵みがますます降り注ぐが、この二人だけではとても担いきれない』と。お前は慎み深く徳を修め、我が優れた民を明らかにせよ!後継者をこの大いなる時に譲り渡すのだ。ああ!この二人を厚く助けよ、それによって我々は今日の幸福に至ることができたのだ。我々は皆、文王の功績を怠ることなく成し遂げ、大いに励んで、海の彼方の日の出る地まで、従わない者なくさせたのだ。」公が言った:「君よ。私はこれほど多く告げることを好まないが、ただ天と民に対する憂いによってそうするのだ。」 公が言った:「ああ!君よ。お前は民の本性を知っている。物事は初めは皆うまくいくが、終わりを全うするのは難しい。このことを慎しめ。これから先、慎み深く政治を行え。」 解説この一節は『尚書』「君奭」篇の重要な部分で、周公が召公(君奭)に語りかける場面です。以下の点に特徴があります:
Translation took 2251.7 seconds. |
| input text ../document/尚書\046_尚書_多方.txt | 現代日本語 translated text |
| 多方 惟五月丁亥,王來自奄,至于宗周。 周公曰:「王若曰:『猷告爾四國多方,惟爾殷侯尹民〈氏〉。我惟大降爾命,爾罔不知。洪〈引—矧〉惟圖(鄙)天之命,弗永寅念于祀。惟帝降格于夏,有夏誕厥逸,不肯慼言于民;乃大淫昏,不克終日勸于帝之迪,乃爾攸聞。厥圖(鄙)帝之命,不克開于民之麗,乃大降罰,崇亂有夏,因甲(狎)于內亂。不克靈承于旅,罔丕惟進之恭,洪舒于民。亦惟有夏之民叨懫日欽(廞),劓割夏邑。天惟時求民主,乃大降顯休命于成湯,刑殄有夏。惟天不畀純,乃惟以爾多方之義民,不克永于多享。惟夏之恭多士,大不克明保享于民,乃胥惟虐于民;至于百爲,大不克開。乃惟成湯,克以爾多方簡代夏作民主。慎厥麗,乃勸;厥民刑,用勸。以至于帝乙,罔不明德慎罰,亦克用勸。要囚,殄戮多罪,亦克用勸;開釋無辜,亦克用勸。今至于爾辟,弗克以爾多方享天之命。』 「嗚呼!王若曰:『誥告爾多方,非天庸(用)釋(斁)有夏,非天庸(用)釋(斁)有殷;乃惟爾辟,以爾多方大淫圖(鄙)天之命,屑有辭。乃惟有夏圖(鄙)厥政,不集于享;天降時喪,有邦間之。乃惟爾商後王,逸厥逸,圖(鄙)厥政,不蠲烝,天惟降時喪。惟(雖)聖罔念作狂,惟(雖)狂克念作聖。天惟五年須暇之子孫,誕作民主,罔可念聽。天惟求爾多方,大動以威,開厥顧天。惟爾多方,罔堪顧之。惟我周王,靈承于旅,克堪用德,惟典神天。天惟式教我用休,簡畀殷命,尹爾多方。今我曷敢多誥?我惟大降爾四國民命。爾曷不忱裕之于爾多方?爾曷不夾{介}乂我周王,享天之命?今爾尚宅爾宅,畋爾田,爾曷不惠王熙天之命?爾乃迪屢不靜,爾心未愛;爾乃不大宅(度)天命,爾乃屑(泆)播天命;爾乃自作不典,圖(鄙)忱于正。我惟時其教告之,我惟時其戰要囚之,至于再,至于三。乃有不用我降爾命,我乃其大罰殛之。非我有周秉德不康寧,乃惟爾自速辜。』 |
翻訳文多くの国々よ。 五月丁亥の日、王が奄から来て、宗周に至った。 周公は言った。「王はこう言われる。『お前たち四国の諸侯と多くの国々に告げる。お前たち殷の諸侯は民を治める者である。私は大いに天命をお前たちに下したが、お前たちは知らないことはない。それなのに、お前たちは天の命を軽んじ、祭祀を永遠に敬って思うことがない。かつて帝(天)は夏に警告を下したが、夏の王は大いに放逸にふけり、民を憂いて語ろうとせず、大いに淫乱で昏くなり、一日中すら帝の導きに励むことができなかった。これはお前たちも聞いていることだ。彼らは帝の命を軽んじ、民の苦しみを理解できず、天は大いに罰を下し、夏を大いに乱した。内乱に慣れ親しみ、民衆を敬って受け入れず、ひたすら収奪に励み、民を大いに苦しめた。また夏の民は貪欲で残忍になり、日々に増して暴虐となり、夏の都を切り裂いた。天はその時に民の主を求め、成湯に輝かしい美しい天命を大いに下し、夏を滅ぼした。天は純粋な天命を夏に与えず、お前たち多くの国々の善良な民も、長く安泰を享受できなかった。夏に仕えた多くの士は、民を守り安泰にすることを明らかにできず、かえって民を虐げるばかりで、あらゆる行いにおいて道を開くことができなかった。そこで成湯が、お前たち多くの国々の支持を得て夏に代わり民の主となった。彼は民の苦しみを慎み、民を励ました。民は刑罰を用いても奮い立った。帝乙の時代に至るまで、明らかな徳と慎み深い刑罰を欠かさず、よく民を励ますことができた。罪人を拘束し多くの悪を滅ぼすことも励みとなり、無実を解き放つことも励みとなった。ところが今、お前たちの君主(紂王)は、お前たち多くの国々と共に天命を享受できなかった。』 「ああ!王はこう言われる。『お前たち多くの国々に告げる。天が夏を放棄したのではない。天が殷を放棄したのではない。お前たちの君主が、お前たち多くの国々と共に大いに淫乱にふけり天の命を軽んじ、言い訳ばかりしたからだ。夏はその政治を軽んじ、安泰を集めることができず、天はその時に滅亡を下し、諸国がそれに乗じた。お前たち殷の後の王(紂王)は放逸にふけり、政治を軽んじ、清らかな祭祀を捧げず、天はその時に滅亡を下した。聖人でも思わなければ狂人となり、狂人でも思えば聖人となる。天は五年間、子孫(殷の子孫)に猶予を与え、民の主となる機会を作ったが、彼らは顧みて聞こうとしなかった。天はお前たち多くの国々を求め、大いに威嚇をもって注意を喚起し、天を顧みるよう導いた。しかしお前たち多くの国々は、それに耐えられなかった。ただ我が周王は民衆を敬って受け入れ、徳を用いることに耐え、神と天を司ることができた。天はその方法で我々に美しいものを教え、殷の天命を選んで授け、お前たち多くの国々を治めさせた。今、私がどうして多くを説く必要があろうか?私はお前たち四国の民に大いに天命を下すのだ。お前たちはなぜ自国において心を広げないのか?お前たちはなぜ周王を助けて治め、天命を享受しないのか?今、お前たちはまだ自らの家に住み、自らの田を耕している。お前たちはなぜ王と共に天の命を輝かせようとしないのか?お前たちは繰り返し不穏な行動を導き、心から従おうとせず、天命を大きく推し量らず、天命を軽々しく捨て、自ら不法を作り、正しい政治を疑っている。私はそのために教え諭し、戦って罪人を拘束する。一度ならず、二度、三度と。もし私が下した命令を用いないなら、私は大いなる罰で滅ぼす。我が周が徳を保って安寧でないのではない。お前たち自ら罪を招いているのだ。』」 解説この文章は『尚書』(書経)の「多方」篇からの抜粋で、周王朝初期の重要な説話です。周公旦が、殷(商)の滅亡後に不服従の諸侯を戒める場面を描いています。主な特徴と背景を解説します:
この文章は、中国古代の王権思想の根幹である「天命靡常」(天命は不変でない)を体現し、後世の儒教政治哲学に多大な影響を与えました。周王朝の正統性を神学的に基礎づけると同時に、実践的な統治手法を示す歴史的文書として価値があります。 Translation took 3527.0 seconds. |
| 「王曰:『嗚呼!猷告爾有方多士,暨殷多士:今爾奔走臣我監五祀,越惟有胥伯(賦)小大多正(征),爾罔不克臬。自作不和,爾惟和哉!爾室不睦,爾惟和哉!爾邑克明,爾惟克勤乃事。爾尚不忌于凶德,亦則以穆穆在乃位,克閱于乃邑,謀介爾,乃自時洛邑,尚永力畋爾田;天惟畀矜爾。我有周惟其大介賚爾,迪簡在王庭,尚爾事,有服在大僚。』 「王曰:『嗚呼!多士。爾不克勸忱我命,爾亦則惟不克享,凡民惟曰不享。爾乃惟逸惟頗,大遠王命;則惟爾多方探〈冞〉天之威,我則致天之罰,離逖爾土。』 「王曰:『我不惟多誥,我惟祗告爾命。』又曰:『時惟爾初,不克敬于和,則無我怨。』」 |
翻訳文王は言った。「ああ、告げよう、そなたたち四方の多くの士よ、そして殷の多くの士よ。今、そなたたちは奔走して臣として我が監督者に五年間仕え、賦役や大小の徴税に至るまで、そなたたちは皆よく法を守ることができた。自ら不和を作るな、そなたたちは和を保て!そなたたちの家庭が睦まじくないなら、そなたたちは和を保て!そなたたちの邑がよく治まるなら、そなたたちはよく自分の職務に勤しむのだ。そなたたちは凶悪な行いを忌み嫌い、また恭しく自分の地位にあり、よく自分の邑を治め、助けを求めよ。そなたたちはこの洛邑から、永久に力を尽くして田畑を耕せ。天はそなたたちを憐れむであろう。我が周王朝は大いにそなたたちを助け、王の朝廷に選び抜き、そなたたちの職務を重んじ、高い官職に就かせるであろう。」 王は言った。「ああ、多くの士よ。そなたたちが我が命令を誠実に勧められないなら、そなたたちもまた天の恵みを受けられず、民も皆『恵みを受けない』と言うであろう。そなたたちが安逸を貪り不正を行い、大いに王の命令から遠ざかるなら、そなたたちは天の威厳を探り、我は天の罰を下し、そなたたちの土地を遠ざけるであろう。」 王は言った。「私は多くを告げるつもりはない、私はただそなたたちの運命を厳かに告げるだけだ。」また言った。「これはそなたたちの初めである、和を敬うことができなければ、私を怨むな。」 解説この一節は『尚書』(書経)の「多方」篇に収録された、周王朝の指導者(おそらく周公旦)が殷の遺民や諸侯に向けた説諭です。歴史的背景として、周が殷を滅ぼした直後、統治の安定を図るため、服属した者たちに忠誠と協調を求める内容となっています。 主なポイントは以下の通りです: 1. 調和の強調:家庭や社会の「和」を繰り返し命じ、不服従や不和が混乱を招くことを暗に警告しています。これは古代中国の統治理念「和」の重要性を反映。 2. 恩恵と罰の明示:忠実な者には官職や保護を与えると約束する一方、命令に背けば天罰(土地没収など)を下すと脅す、いわゆる「恩威並施」の手法。 3. 宗教的要素:「天」の意志を根拠にした統治正当性が基調で、周王朝が「天命」を受けたとする思想が顕著。 4. 政治的意図:殷の遺民を懐柔しつつ周への帰属を促す実用性。特に「洛邑」(当時の新首都)での定住と農耕を奨励する記述は、経済基盤の安定化を図った政策を示唆。 この文章は、古代中国における王権神授説と現実政治が融合した典型例で、簡潔な表現の中に指導者の懐柔と威圧のバランスが巧みに表現されています。 Translation took 2506.2 seconds. |
| input text ../document/尚書\047_尚書_立政.txt | 現代日本語 translated text |
| 立政 周公若曰:「拜手稽首,告嗣天子王矣。用咸戒于王,曰(越)王左右常伯、常任、準人、綴衣、虎賁。」 周公曰:「嗚呼!休兹知恤,鮮哉!古之人迪惟有夏,乃有室大競籲,俊(駿)尊上帝,迪知忱恂于九德之行。乃敢告教厥后曰:『拜手稽首,后矣。』曰:『宅乃事,宅乃牧,宅乃準,兹惟后矣。謀面用丕訓德,則乃宅人,兹乃三宅無義(俄)民。』桀德惟乃弗作往任,是惟暴德,罔後。亦越成湯陟,丕釐上帝之耿命;乃用三有宅,克即宅;曰(越)三有俊,克即俊。嚴惟丕式,克用三宅三俊。其在商邑,用協于厥邑;其在四方,用丕式見德。 「嗚呼!其在受德暋,惟羞刑(型)暴德之人,同于厥邦,乃惟庶習逸德之人,同于厥政。帝欽罰之,乃伻我有夏式(代)商受命,奄甸萬姓。亦越文王、武王,克知三有宅心,灼見三有俊心;以敬事上帝,立民長伯。立政(正):任人、準夫、牧,作三事;虎賁、綴衣、趣馬、小尹、左右攜仆,百司庶府;大都、小伯、藝(暬/邇)人、表臣百司;太史、尹伯、庶常吉士,司徒、司馬、司空、亞旅;夷微盧烝,三亳阪尹。文王惟克厥宅心,乃克立兹常事、司、牧人,以克俊有德。文王罔攸兼于庶言、庶獄、庶慎,惟有司之牧夫,是訓用違;庶獄、庶慎,文王罔敢知于兹。亦越武王,率惟敉〈—纂〉功,不敢替厥義德,率惟謀(敏)從容(睿)德,以並受此丕丕基。 |
翻訳文統治の確立 周公が言うには:「(私は)手を合わせ頭を地につけて礼をし、継承した天子である王に申し上げます。ここに王と、王の側近である常伯(行政官)、常任(人事官)、準人(司法官)、綴衣(衣装係)、虎賁(護衛兵)の皆様に、共に戒めを述べます。」 周公は言った。「ああ、このような善政を知りながら憂いを抱く者は、実に少ない! 古代の人々が導いたのは夏王朝であり、その朝廷では大いに競い合って(人材を)求め、優れた者が上帝(天帝)を尊び、誠実さをもって九徳(九つの徳目)の実践を深く理解していました。そこで彼らは君主にこう教え告げたのです:『手を合わせ頭を地につけて礼をします、君主よ。』そして言いました:『(適材を)職務に配置せよ、地方統治に配置せよ、司法に配置せよ、これこそが君主の務めである。人と面会して大いに徳を教え導けば、適切に人を配置でき、これによって三宅(三つの職務)が乱れる民を生まない。』しかし桀王は、過去の任用の仕方を踏襲せず、暴虐の徳のみに走ったため、後継者が絶えました。一方、成湯王が即位すると、大いに上帝の明らかな命令を整え、三有宅(三つの職務に適した人材)を用いて、その職務にふさわしく就かせ、三有俊(三つの職務で優れた人材)を用いて、その優れた能力を発揮させました。厳格に大いなる規範を守り、三宅三俊を活用できたのです。そのため商の都では、都内が調和し、四方の地域では大いなる規範によって徳が示されました。 「ああ、紂王の時代には、刑罰や暴虐の徳を好む者だけを国に集め、怠惰な徳に慣れた者だけを政治に参与させました。上帝はこれを罰し、我ら周に代わって商から天命を受け継がせ、天下の民を統治させたのです。さらに文王と武王は、三有宅の心(職務適性)をよく理解し、明らかに三有俊の心(優れた資質)を見抜きました。上帝を敬って仕え、民のために長(指導者)や伯(統治者)を立てたのです。統治を確立するとは:任人(人事官)、準夫(司法官)、牧(地方官)の三職を務めさせ、虎賁(護衛兵)、綴衣(衣装係)、趣馬(馬係)、小尹(小役人)、左右攜仆(側近の従者)、百司庶府(各部署の役所)、大都(大都市の長)、小伯(小地域の長)、藝人(技術者)、表臣百司(記録係)、太史(史官)、尹伯(各部門の長)、庶常吉士(有能な士人)、司徒(地政官)、司馬(軍政官)、司空(工事官)、亞旅(副官)、夷微盧烝(異民族の首長)、三亳阪尹(要地の長官)などを指します。文王は人材の心をよく把握したため、これらの常設職務や各部門の統治者を確立でき、優れた有徳者を登用できました。文王は、様々な言論や訴訟、細かい決定に自ら関与せず、担当の統治者たちに委ね、彼らの指示に従わせました。訴訟や細事については、文王はあえて干渉しませんでした。同様に武王は、文王の功績を継承し、その正義と徳を損なわず、聡明で思慮深い徳に従い、共にこの大いなる基盤を受け継いだのです。」 解説この一節は『尚書』の「立政」篇で、周公が若き成王(周王朝の第二代王)に統治の要諦を説く場面です。前文に続き、官職制度と人材登用の重要性を歴史的教訓を通じて詳述しています。主なポイントは以下の通りです:
Translation took 4717.7 seconds. |
| 「嗚呼!孺子王矣。繼自今,我其立政(正):立事、準人、牧夫,我其克灼知厥若,丕乃俾亂相我受民,和我庶獄、庶慎,時則勿有間之,自一話一言。我則末惟成德之彥,以乂我受民。 「嗚呼!予旦已受人之徽言,咸告孺子王矣!繼自今,文子文孫,其勿誤于庶獄、庶慎,惟正是乂之。自古商人,亦越我周文王,立政(正):立事、牧夫、準人,則克宅之,克由繹(擇)之。兹乃俾乂國,則罔有立政(正)用憸人。[憸人]不訓{于}德,是罔顯在厥世。繼自今立政(正),其勿以憸人,其惟吉士,用勱相我國家。 「今文子文孫,孺子王矣。其勿誤于庶獄,惟有司之牧夫。其克詰爾戎兵,以陟禹之跡,方(旁)行天下,至于海表,罔有不服。以覲(勤)文王之耿光,以揚武王之大烈。嗚呼!繼自今後王立政(正),其惟克用常人。」 周公若曰:「太史、司寇蘇公。式敬爾由獄,以長我王國。兹式有慎,以列(例)用中罰。」 |
翻訳文「ああ!若君よ、あなたは王となられた。今後は、私が政治を正しく行おう。役人・裁判官・地方官を任命し、私は彼らの適性を明らかに見極め、大いに彼らに民の統治を補佐させ、訴訟や政務を調和させよう。これらの事柄には、一言一句でも干渉してはならない。私は終に徳の高い有能な者を登用し、民を治めさせよう。 ああ!私旦(周公)は人々の良い言葉を受け、全て若君である王に伝えた。今後は、文王の子孫たるあなたが、訴訟や政務で過ちを犯さぬよう、正しい者だけを登用して治めさせよ。古の殷の時代から、我ら周の文王に至るまで、政治を正しく行う者は、役人・地方官・裁判官を任命する際、彼らをよく見定め、よく選抜した。これによって国を治めさせたので、邪悪な者を登用する政治はなかった。[邪悪な者]は徳に従わず、その治世は輝くことがない。今後政治を行う際は、邪悪な者を用いず、善良な者だけを登用し、国家を補佐させよ。 今、文王の子孫である若君よ、あなたは王となられた。訴訟で過ちを犯さぬよう、役人や地方官に任せよ。あなたは軍備を整え、禹王の足跡をたどり、天下を広く巡って海の外に至るまで、服従しない者がないようにせよ。これによって文王の輝かしい光を顕彰し、武王の偉大な功績を広めよ。ああ!今後、王が政治を行うなら、常に善良な者を用いるべきである。」 周公はこう言った。「太史と司寇の蘇公よ。お前たちは裁判を慎み敬い、我が王国を長く保て。この規範を守り、中正な刑罰を例として用いよ。」 解説この一節は『尚書』(書経)の「立政」篇の一部で、周公旦が若き成王に対して政治の心得を説いた訓戒です。主な特徴は以下の通りです:
この訓戒は、古代中国の統治理念を体現しつつ、組織運営の普遍的原則を含んでいます。周公の切実な語り口(「嗚呼」の反復)から、王朝存続への強い使命感が伝わります。 Translation took 2309.3 seconds. |
| input text ../document/尚書\050_尚書_顧命.txt | 現代日本語 translated text |
| 顧命 惟四月,哉生魄,王不懌。甲子,王乃洮頮水,相被冕服,憑玉几。乃同召太保奭、芮伯、彤伯、畢公、衛侯、毛公;師氏、虎臣、百尹、御事。 王曰:「嗚呼!疾大漸,惟幾,病日臻,既彌留,恐不獲誓言嗣,兹予審訓命汝。昔[先]君文王、武王,宣重光,奠麗陳教則肄肄不違,用克達(撻?)殷集大命。在後之侗(童),敬迓天威,嗣守文武大訓,無敢昏逾(渝)。今天降疾殆,弗興弗悟(寤),爾尚明時朕言,用敬保元子釗,弘濟于艱難。柔遠能邇,安勸小大庶邦。思(使)夫人自亂于威儀,爾無以釗冒貢于非幾兹(哉)。」 既受命,還,出綴衣于庭。越翌日乙丑,王崩。 太保命仲桓、南宮毛俾爰齊侯呂伋,以二干戈、虎賁百人,逆子釗於南門之外,延入翼室,恤宅宗。丁卯,命作冊度。越七日癸酉,伯相命士須材。狄設黼扆、綴衣。牖間南嚮,敷重篾席黼純,華玉仍几。西序東嚮,敷重厎席綴純,文貝仍几。東序西嚮,敷重豐席畫純,雕玉仍几。西夾南嚮,敷重筍席玄紛純,漆仍几。越玉五重:陳寶、赤刀,大訓、弘璧、琬、琰,在西序;大玉、夷玉、天球、河圖,在東序。胤之舞衣,大貝、鼖鼓,在西房;兌之戈、和之弓、垂之竹矢,在東房。大輅在賓階面,綴輅在阼階面。先輅在左塾之前,次輅在右塾之前。二人雀弁執惠,立于畢門之內;四人綦弁,執戈上刃,夾兩階戺;一人冕執劉,立于東堂;一人冕執鉞,立于西堂;一人冕執戣,立于東垂;一人冕執瞿,立于西垂;一人冕執銳,立于側階。王麻冕黼裳,由賓階隮。卿士邦君麻冕蟻裳,入即位。太保、太史、太宗,皆麻冕彤裳。太保承介圭,上宗奉同{瑁},由阼階隮。太史秉書,由賓階隮,御王冊命。 |
翻訳文四月、月が欠け始める頃、王は気分が優れなかった。甲子の日、王は水で髪と顔を洗い、侍従が冠と礼服を着せ、玉で飾った机にもたれた。そして太保の奭、芮伯、彤伯、畢公、衛侯、毛公をはじめ、師氏、虎臣、百尹、御事らを一同に召し集めた。 王は言った。「ああ、私の病は大きく進行し、危険が迫り、日に日に重くなる。もはや余命わずかで、後継者に誓いを立てる機会を得られそうにない。ここに私は慎重に訓戒を命じる。昔、先君である文王と武王は、輝かしい光を放ち、民を安定させ教えを布いた。彼らは勤勉に背かず、ついに殷を討ち、天命を集めた。その後継である私は、天の威厳を敬って受け止め、文王と武王の大いなる教えを守り継ぎ、決して乱したり変えたりしなかった。今、天は重い病を降ろし、私は起き上がれず目も覚めない。お前たちは私の言葉を明らかに理解し、太子の釗を敬って守り、困難を乗り越えさせよ。遠方を柔和に、近くをよく治め、大小さまざまな国々を安んじて導け。人々が自ら威儀によって秩序を保つよう心がけ、釗を無謀に過ちへと走らせてはならない。」 命を受け終えると、臣下は退出し、庭に王の礼服を掲げた。翌日の乙丑、王は崩御した。 太保は仲桓と南宮毛に命じ、斉侯の呂伋と共に、二本の矛と百人の精鋭兵を率い、南門の外で太子釗を出迎えさせた。翼室に導いて落ち着かせ、喪主とした。丁卯の日、記録係に命じて文書を作成させた。七日後の癸酉、伯相が士に命じて材木を準備させた。狄(儀式官)が斧の文様のある屏風と礼服を設えた。窓の間の南向きには、二重の竹席に斧の縁飾りを敷き、華やかな玉の机を置いた。西側の壁の東向きには、二重の藺草の席に刺繍の縁飾りを敷き、文様の貝の机を置いた。東側の壁の西向きには、二重の蒲の席に絵柄の縁飾りを敷き、彫刻した玉の机を置いた。西側の控え室の南向きには、二重の竹皮の席に黒い縁飾りを敷き、漆塗りの机を置いた。さらに玉を五重に配置した。陳宝、赤刀、大訓、弘璧、琬、琰は西側の壁に。大玉、夷玉、天球、河図は東側の壁に。胤が作った舞衣、大貝、太鼓は西の部屋に。兌の矛、和の弓、垂の竹矢は東の部屋に。大輅(王の車)は賓客用の階段の前に、綴輅(副車)は主人用の階段の前に置いた。先導車は左の塾の前、次車は右の塾の前に置いた。二人が雀の羽根の冠をかぶり矛を持ち、畢門の内に立った。四人が緑の冠をかぶり刃を上に向けた戈を持ち、両階段のわきに立った。一人が冠をかぶり劉(刀)を持って東堂に立ち、一人が冠をかぶり鉞(大斧)を持って西堂に立った。一人が冠をかぶり戣(三又の矛)を持って東の隅に立ち、一人が冠をかぶり瞿(四又の矛)を持って西の隅に立ち、一人が冠をかぶり鋭(矛)を持って側面の階段に立った。王(釗)は麻の冠と斧の文様の下衣をまとい、賓客用の階段から昇った。卿士と諸侯の君主は麻の冠と蟻色の下衣をまとい、入って所定の位置に着いた。太保、太史、太宗は皆、麻の冠と朱色の下衣をまとった。太保は大きな玉圭を捧げ持ち、上宗は玉の杯を奉じて、主人用の階段から昇った。太史は文書を持ち、賓客用の階段から昇り、王に冊命(任命書)を奉った。 解説この翻訳は『尚書』の「顧命」篇の一節を、原文の内容を省略せず現代日本語に忠実に変換したものです。主な特徴と背景を以下に解説します:
この一節は、古代中国の王権継承における「天命」思想と、儀式を通じた秩序維持の重要性を浮き彫りにし、後世の儒教典礼にも影響を与えた文献です。 Translation took 3915.3 seconds. |
| 曰:「皇后憑玉几,道揚末命:命汝嗣訓,臨君周邦,率循大卞,燮和天下,用答揚文武之光訓。」王再拜,興。答曰:「眇眇予末小子,其能而亂四方,以敬忌天威?」乃受同{瑁},王三宿,三祭,三咤。上宗曰:「饗。」太保受同,降,盥,以異同秉璋以酢,授宗人同,拜,王答拜。太保受同,祭、嚌、宅,授宗人同,拜,王答拜。太保降,收。諸侯出廟門俟。 |
翻訳文「皇后が玉の机にもたれて、最後の命令を述べる:『お前に命じる、教えを継ぎ、周の国を治め、大きな法に従い、天下を調和させ、文王と武王の輝かしい教えに応えよ。』」王は二度拝礼し、起き上がった。答えて言う:「私は取るに足らない末の者です。どうして四方を治め、天の威厳を畏れ敬うことができましょうか?」そして冠(同瑁)を受け取った。王は三度進み出て、三度祭り、三度退いた。上宗が「供物を受け入れよ」と言う。太保が冠を受け取り、降りて手を洗い、別の冠を持って璋で酒を注ぎ、宗人に冠を授け、拝礼した。王が答礼した。太保が冠を受け取り、祭り、口をつけ、安置し、宗人に冠を授け、拝礼した。王が答礼した。太保が降りて、儀式を終えた。諸侯は廟の門を出て待った。 解説この一節は『尚書』の「顧命」篇に収録された周王朝の王位継承儀式の描写です。以下の点に注目してください:
Translation took 4181.6 seconds. |
| input text ../document/尚書\051_尚書_康王之誥.txt | 現代日本語 translated text |
| 康王之誥 王出在應門之內。太保率西方諸侯,入應門左;畢公率東方諸侯,入應門右。皆布乘黃朱。賓(擯)稱奉圭兼幣,曰:「一二臣衛,敢執壤奠。」皆再拜稽首。王義(宜)嗣德,答拜。太保暨芮伯咸進,相揖,皆再拜稽首。曰:「敢敬告天子,皇天改大邦殷之命,惟周文武,誕受羑若,克恤西土。惟新陟王,畢協賞罰,戡(咸)定(成)厥功,用敷遺後人休。今王敬之哉!張皇六師,無壞我高祖寡命。」 王若曰:「庶邦侯、甸、男、衛。惟予一人釗報誥:昔君文武,丕平富,不務咎,厎至齊信,用昭明于天下。則亦有熊羆之士、不二心之臣,保乂王家,用端命于上帝;皇天用訓(順)厥道,付畀四方。乃命建侯樹屏,在我後之人。今予一二伯父,尚胥暨顧,綏(緌)爾先公之臣服于先王。雖爾身在外,乃心罔不在王室。用奉恤厥若,無遺鞠子羞。」羣公既皆聽命,相揖,趨出。王釋冕,反喪服。 |
翻訳文「康王の誥(つげ)」 王が應門(宮殿の正門)の内に出ると、太保(宰相)が西方の諸侯を率いて應門の左側から入り、畢公が東方の諸侯を率いて應門の右側から入った。皆、黄色と朱色の礼服を着ていた。礼儀役(擯)が圭(玉器)と幣(絹)を捧げて言う:「我々臣下は、土地の産物を捧げます。」一同は再拝し額を地につけた。王は徳を継ぐ者として答礼した。太保と芮伯が共に進み出て、互いに揖(拱手の礼)し、再び額を地につけて言う:「謹んで天子に申し上げます。皇天が大国・殷の天命を改め、周の文王・武王が羑里(ゆうり)の教えを受け、西土を治めました。新たに逝去した王(成王)は賞罰を完遂し、功績を成し遂げ、後世に幸福を残しました。今、王よ、これを敬いなさい!六軍を整え、我が高祖(文王)の天命を損なわないでください。」 王は言った:「諸侯、甸、男、衛の君たちよ。私、釗(康王)一人が答えて告げる。昔、文王・武王は富を公平にし、過ちを追わず、誠実に徹して天下を明らかにした。また熊や羆(ひぐま)のような勇士、不二心の臣が王家を守り、上帝から正しい命を受けた。皇天はその道に従い、四方を授けた。そして諸侯を立てて屏(守り)とし、後世の我々のためにした。今、私の伯父たちよ、どうか互いに顧みて、あなた方の先祖が先王に臣従したようにしなさい。あなた方の身は外にいても、心は常に王室にあってほしい。それによって憂いを払い、私(幼い王)を辱めないでください。」群臣は命を聞き終えると、互いに揖し、急いで退出した。王は冕(冠)を脱ぎ、喪服に戻った。 解説この一節は『尚書』「康王之誥」篇の核心部分で、周王朝の康王が諸侯に初めて訓戒する儀式を描いています。以下の点に注目してください:
Translation took 4312.8 seconds. |
| input text ../document/尚書\055_尚書_呂刑.txt | 現代日本語 translated text |
| 呂刑 惟呂命:王享國百年,耄,荒度作刑,以詰四方。 王曰:「若古有訓,蚩尤惟始作亂,延及于平民,罔不寇賊,鴟義奸宄,奪攘矯(撟)虔。苗民弗用靈,制以刑,惟作五虐之刑曰法,殺戮無辜。爰始淫爲劓亅刵〈刖〉、椓、黥,越兹麗刑并制,罔差有辭。民興胥漸,泯泯棼棼,罔中于信,以覆詛盟。虐威庶戮,方(旁)告無辜于上。上帝監民,罔有馨香德,刑發聞惟腥。皇帝哀矜庶戮之不辜,報虐以威,遏絕苗民,無世在下。乃命重黎,絕地天通,罔有降格。羣后之逮在下,明明棐(非)常,鰥寡無蓋(害)。皇帝清問下民,鰥寡有辭于苗。德威惟畏,德明惟明。乃命三后,恤功于民:伯夷降典,折(制)民惟刑;禹平水土,主名山川,稷降播種,農殖嘉穀。三后成功,惟殷于民。士制百姓于刑之中,以教祗德。穆穆在上,明明在下,灼于四方,罔不惟德之勤。故乃明于刑之中,率乂于民棐(非)彝。典獄非訖于威,惟訖于富(福)。敬忌,罔有擇(斁)言在身。惟克天德,自作元命,配享在下。」 王曰:「嗟!四方司政典獄。非爾惟作天牧?今爾何監,非時伯夷播刑之迪(由)?其今爾何懲?惟時苗民,匪察于獄之麗,罔擇吉人觀于五刑之中,惟時庶威奪貨,斷制五刑,以亂無辜。上帝不蠲,降咎于苗;苗民無辭于罰,乃絕厥世。」 |
翻訳文呂侯は命じた。王(周の穆王)は百年にわたり国を治め、老齢となって、大いに考えを巡らせて刑罰を制定し、それをもって四方の諸侯を糾した。 王は言った。「古くからの教えがある。蚩尤が初めて乱を起こし、それが一般民衆にまで広がり、略奪や賊行為をしない者はなく、邪悪な行いや姦計を働き、奪い取り、偽り、神聖を汚した。苗民(三苗の族)は善政を用いず、刑罰で統制し、五つの虐げる刑罰を『法』と称して、罪なき者を殺戮した。ここに初めて度を越した鼻削ぎ・耳切り・足切り・去勢・入れ墨の刑が行われ、これにより刑罰を乱用して統制し、弁明の余地すら与えなかった。民は互いに堕落し、混乱して秩序がなくなり、誠実さを失い、誓いを破るようになった。虐げる威圧で多くの者を辱め、彼らは天に向かって無実を訴えた。天帝は民を監視したが、芳しい徳はなく、刑罰から発するのは腥い臭いばかりであった。皇帝(天帝)は虐げられる者たちの無実を哀れみ、暴虐に威厳で報い、苗民を絶滅させて、この世に子孫を残さぬようにした。そこで重と黎を命じて、地と天の通交を断絶させ、降臨や昇天を許さなかった。諸侯が下界で治めるにあたり、明らかに常道を助け、孤児や寡婦も害を受けなかった。皇帝は民の声を清く聞き入れ、孤児や寡婦は苗民の悪行を訴えた。徳による威厳は畏敬を生み、徳による明らかさは清明をもたらす。そこで三后(三人の賢臣)を命じて、民のために功績をなさせた。伯夷は法典を下して、刑罰で民を正した。禹は水土を治め、山川の名を定めた。稷は種を下して、農耕で良き穀物を育てた。三后の成功により、民は豊かになった。士(裁判官)は刑罰の公正さをもって百姓を統制し、慎み深い徳を教えた。威厳ある者が上に立ち、明らかな者が下で支え、その輝きは四方に及び、誰もが徳に勤しむようになった。だから刑罰の公正さを明らかにし、民を導いて常道に従わせた。刑罰の運用は威圧で終わるのではなく、幸福で終わるべきである。慎みと畏れを持ち、自らに非難される言動があってはならない。天の徳を体現し、自ら大いなる天命をなし、下界でその恩恵に与るのだ。」 王は言った。「ああ、四方を司る政務と刑罰の担当者よ。お前たちこそ天の牧者ではないか? 今、お前たちは何を手本とするのか? かつて伯夷が刑罰を広めた道ではないのか? 今、お前たちは何を戒めとするのか? まさに苗民である。彼らは刑罰の適用を明察せず、五刑の公正さを見るべき善人を選ばず、ただ威圧的に財貨を奪い、五刑を乱用して無実の者を苦しめた。天帝はこれを赦さず、苗民に災いを下した。苗民は罰に対して弁解の余地もなく、その子孫は絶えたのだ。」 解説
Translation took 2872.3 seconds. |
| 王曰:「嗚呼!念之哉!伯父、伯兄、仲叔、季弟、幼子、童孫,皆聽朕言,庶有格命。今爾罔不由慰日勤,爾罔或(有)戒不勤。天齊于民,俾我一日。非終惟終,在人。爾尚敬逆天命,以奉我一人。雖畏勿畏,雖休勿休;惟敬五刑,以成三德。一人有慶,兆民賴之,其寧惟永。」 王曰:「吁!來,有邦有土,告爾祥刑在今。爾安百姓,何擇非人?何敬非刑?何度非及?兩造具備,師聽五辭,五辭簡孚,正于五刑;五刑不簡,正于五罰;五罰不服,正于五過;五過之疵,惟官、惟反、惟內、惟貨、惟來。其罪惟均,其審克之。五刑之疑有赦,五罰之疑有赦,其審克之。簡孚有眾,惟貌有稽;無簡不聽,具嚴天威。墨辟疑赦,其罰百鍰,閱實其罪。劓辟疑赦,其罰惟倍,閱實其罪。剕辟疑赦,其罰倍差,閱實其罪。宮辟疑赦,其罰六百鍰,閱實其罪。大辟疑赦,其罰千鍰,閱實其罪。墨罰之屬千,劓罰之屬千,剕罰之屬五百,宮罰之屬三百,大辟之罰,其屬二百;五刑之屬三千。上下比罪,無僭亂辭。勿用不行,惟察惟法,其審克之。上刑適輕,下服;下刑適重,上服,輕重諸罰有權。刑罰世輕世重,惟齊非齊,有倫有要。罰懲非死,人極于病。非佞折獄,惟良折獄。罔非在中,察辭于差,非從惟從,哀敬(矜)折獄,明啓刑書胥占,咸庶中正。其刑其罰,其審克之。獄成而孚,輸(渝)而孚。其刑上備(服),有并兩刑。」 |
翻訳文王は言った。「ああ、よく心に留めよ!伯父、伯兄、仲叔、季弟、幼子、童孫(すべての身内たち)よ、皆わが言葉を聞け。そうすれば天命にかなうであろう。今お前たちは慰められて日々勤勉に励んでいるが、決して勤勉を怠ってはならない。天は民を治め、私に一時の統治を任せた。物事の終わりは人による。どうか天命を敬い迎え、私一人を支えよ。恐れるべきものがあっても恐れず、喜ぶべきことがあっても喜ばず、五刑を慎み用いて三徳を成し遂げよ。一人の君主が善を行えば、万民はそれに頼る。こうしてこそ永遠の安泰が訪れる。」 王は言った。「さあ、来たれ、国や領土を持つ者たちよ。今こそお前たちに善き刑罰の道を告げよう。民を安んじるには、何よりも人材の選択が大切ではないか?何よりも刑罰を慎重に用いることが大切ではないか?何よりも適切な度量が大切ではないか?訴訟の双方が揃ったら、裁判官は五種類の供述を聴け。供述が明白で証拠と合致すれば、五刑で裁け。五刑が明白でなければ、五罰(財産刑)で裁け。五罰に服さなければ、五過(過失処理)で裁け。五過の誤りは、権威を笠に着ること、私怨で裁くこと、内通すること、賄賂、縁故贔屓である。その罪は裁判官自身に返る。よく審理せよ。五刑に疑いがあれば赦免し、五罰に疑いがあれば赦免せよ。よく審理せよ。多くの人々の証言で真実を明らかにし、細部まで検証せよ。証拠がなければ審理するな。天の威厳を厳かに保て。墨刑(入れ墨刑)に疑いがあれば赦免し、百鍰(貨幣単位)の罰金とし、罪状を再調査せよ。劓刑(鼻削ぎ刑)に疑いがあれば赦免し、罰金を倍の二百鍰とし、罪状を再調査せよ。剕刑(足切断刑)に疑いがあれば赦免し、罰金を五百鍰とし、罪状を再調査せよ。宮刑(去勢刑)に疑いがあれば赦免し、六百鍰の罰金とし、罪状を再調査せよ。大辟(死刑)に疑いがあれば赦免し、千鍰の罰金とし、罪状を再調査せよ。墨刑の適用例は千、劓刑は千、剕刑は五百、宮刑は三百、大辟は二百、五刑の総数は三千である。罪状を上下に比較し、偽りの供述を混入させるな。実行不可能な刑は用いるな。よく調査し法に従え。よく審理せよ。重刑が軽く当たる場合は軽い刑罰を、軽刑が重く当たる場合は重い刑罰を適用せよ。刑罰の軽重は状況に応じて調整せよ。刑罰は時代により軽重がある。平等か不平等かは、倫理と要諦による。罰は死をもって懲らしめるものではない。人は苦痛の極みに達するのだ。弁舌巧みな者でなく、善良な者が裁判をせよ。常に公正を旨とし、供述の矛盾を調べよ。従順なふりではなく真の従順を。哀れみと敬意をもって裁判せよ。刑罰の条文を明らかにし、皆が中正であるよう占え。刑罰の適用はよく審理せよ。判決は信頼を得て確定し、変更があれば再び信頼を得よ。刑罰は上奏して記録し、二つの罪は併合せよ。」 解説この一節は『尚書』(書経)の「呂刑」篇に収録された、周の穆王による刑罰制度に関する訓戒です。以下の核心的要素を含みます:
この訓戒は、刑罰を単なる懲罰ではなく社会秩序維持の手段と位置づけ、厳格ながらも人道的な司法制度の構築を目指した古代中国の統治理念を伝える貴重な史料です。 Translation took 2935.5 seconds. |
| 王曰:「嗚呼!敬之哉!官伯族姓,朕言多懼。朕敬于刑,有德惟刑。今天相民,作配在下,明清于單辭。民之亂,罔不中聽獄之兩辭,無或(有)私家于獄之兩辭。獄貨非寶,惟府辜功,報以庶尤,永畏惟罰。非天不中,惟人在命。天罰不極,庶民罔有令政在于天下。」 王曰:「嗚呼!嗣孫。今往何監?非德于民之中,尚明聽之哉!哲(制)人惟刑,無疆之辭,屬于五極,咸中有慶。受王嘉師,監于兹祥刑。」 |
翻訳文王は言った。「ああ、これを敬いなさい!諸侯や族長たちよ、私の言葉は多く恐れ多い。私は刑罰を敬い、徳は刑罰にある。今、天が民を助け、下界で対応し、単一の言葉でも明らかに清くする。民の争いでは、裁判の双方の主張を公平に聞かないことはなく、決して裁判の双方の主張に私心を持ってはならない。裁判での賄賂は宝ではなく、ただ罪の結果を蓄えるだけで、多くの咎で報いられ、永遠に罰を畏れるべきだ。天が公平でないのではなく、ただ人が自らの運命にある。天罰が徹底しなければ、庶民は天下に善政を持つことがない。」 王は言った。「ああ、後継ぎの孫よ。これから何を手本とするのか?民の中で徳を行うことではなく、よく明らかにこれを聞きなさい!賢人は刑罰によって人を治め、無限の言葉は五つの極み(五刑)に属し、すべてが中正であれば慶びがある。王の善き民を受け継ぎ、この祥ばしい刑罰を手本とせよ。」 解説この一節は『尚書』(書経)の「呂刑」篇に収録された、周の穆王が刑罰の重要性について述べた言葉です。前文の続きとして、刑罰の公平性と天の意志を強調しています。主なポイントは以下の通りです: - 刑罰の本質:刑罰を「徳」の具現と位置づけ、賄賂や私心を厳しく戒めています。特に「獄貨非宝」(裁判での賄賂は宝ではない)は、司法の公正さを説く核心です。 - 天と人の関係:「非天不中,惟人在命」(天が公平でないのではなく、人が運命にある)という表現は、天罰は人間の行動次第で下るとする儒教的な天命観を示しています。 - 統治の指針:「哲人惟刑」(賢人は刑罰で治める)とあるように、為政者には刑罰を通じた秩序維持が求められ、「五極」(五刑:墨・劓・剕・宮・大辟)を公平に運用するよう説いています。 - 歴史的背景:周王朝初期、刑罰制度を整備する中で、乱世を収めるための教訓として記されました。当時の社会では、裁判の公正さが統治の正統性に直結していたことが窺えます。 この翻訳では、原文の漢文を現代日本語に平易に変換しつつ、修辞的な表現(例:「嗚呼」→「ああ」)や難解な語句(例:「單辭」→「単一の言葉」)を補足説明なしで理解できるよう意訳しました。『尚書』は古代中国の政治哲学書として、後の儒教思想に大きな影響を与えた作品です。 Translation took 2420.4 seconds. |
| input text ../document/尚書\056_尚書_文侯之命.txt | 現代日本語 translated text |
| 文侯之命 王若曰:「父義和。丕顯文武,克慎明德,昭升于上,敷聞在下,惟時上帝集厥命于文王。亦惟先正,克左右昭事厥辟,越小大謀猷,罔不率從。肆先祖懷在位。嗚呼!閔予小子嗣,造(遭)天丕愆;殄資澤于下民,侵戎我國家純。即我御事,罔或(有)耆壽,俊(駿)在厥服,予則罔克。曰:『惟祖惟父,其伊恤朕躬。』嗚呼!有績予一人,永綏在位。父義和。汝克昭(紹)乃顯祖,汝肇刑(型)文武,用會紹(詔)乃辟,追孝于前文人。汝多修(休),捍我于艱,若汝,予嘉。」 王曰:「父義和。其歸視爾師,寧爾邦。用賚爾秬鬯一卣;彤弓一,彤矢百;盧弓一,盧矢百;馬四匹。父往哉!柔遠能邇,惠康小民,無荒寧,簡恤爾都,用成爾顯德。」 |
翻訳文王はこう言った。「父なる義和よ。偉大で輝かしい文王と武王は、慎んで明らかな徳を行い、その名声は天に昇り、下界に広く知れ渡った。それゆえ、上帝はその天命を文王に集めた。また、先代の正しい臣たちは、左右で明らかに君主に仕え、大小の謀議に従わなかったことはなかった。それで先祖は安らかに位にあった。ああ!哀れな私、若くして後を継いだが、天の大きな災いに遭い、下民への恵みを絶たれ、我が国家は戦乱に侵された。私の役人たちには、長寿で職務に優れた者もおらず、私はどうすることもできない。『先祖や父たちよ、どうか私を憐れんでくれ』と願うばかりだ。ああ!私一人のために功績を立て、永遠に安らかに位を保たせてほしい。父なる義和よ。お前は偉大な先祖を継承し、文王と武王の模範を始め、君主を助け、前代の文人に孝行を尽くした。お前は多くの善行を積み、困難の中で私を守ってくれた。お前のような者を、私は称賛する。」 王は言った。「父なる義和よ。帰ってお前の軍隊を見守り、お前の国を安らかにせよ。ここに褒美として、黒黍の香酒を一つの壺、赤い弓一つ、赤い矢百本、黒い弓一つ、黒い矢百本、馬四頭を与える。父よ、行きなさい!遠方を和らげ、近くを治め、小さな民に恵みと安らぎを与え、怠惰や安逸にふけらず、お前の都を思いやり、それによってお前の輝かしい徳を完成させよ。」 解説この一節は『尚書』の「文侯之命」篇で、周の平王が晋の文侯(義和)に与えた命令です。前文(『尚書』の流れ)に続き、王朝の危機を救った諸侯への賞賛と統治指針を示しています。主なポイントは以下の通りです: 『尚書』は中国古代の政治文書で、この章は封建制度下での君臣関係を描き、後の『論語』など儒教経典に影響を与えました。賞賛と訓戒が交わる形式は、為政者の理想像を伝える古典的な手法です。 Translation took 3846.5 seconds. |
| input text ../document/尚書\057_尚書_費誓.txt | 現代日本語 translated text |
| 費誓 公曰:「嗟!人無嘩,聽命。徂兹淮夷、徐戎并興,善敹(選)乃甲胄,敿乃干,無敢不弔(淑)。備乃弓矢,鍛乃戈矛,礪乃鋒刃,無敢不善。今惟淫舍牿牛馬,杜乃擭,敜乃穽,無敢傷牿。牿之傷,汝則有常刑。馬牛其風,臣妾逋逃,無敢越逐,祗復之,我商(賞)賚汝。乃越逐不復,汝則有常刑。無敢寇攘,逾垣墻,竊馬牛,誘臣妾,汝則有常刑。甲戌,我惟征徐戎。峙乃糗糧,無敢不逮,汝則有大刑。魯人三郊三遂,峙乃楨榦。甲戌,我惟筑,無敢不供,汝則有無餘刑,非殺。魯人三郊三遂,峙乃芻茭,無敢不多,汝則有大刑。」 |
翻訳文公は言った。「さあ!皆、騒ぐな。命令を聞け。今ここに淮夷と徐戎が共に反乱を起こした。お前たちは甲冑をしっかりと選び、盾を繋ぎ合わせよ。手抜かりは許さぬ。弓矢を整え、戈や矛を鍛え、刃を研げ。完璧にせよ。今、放牧中の牛馬を囲いに入れ、罠を閉ざし、落とし穴を埋めよ。囲いを傷つけるな。もし傷つけたら、お前たちは決まった刑罰を受ける。牛馬が逃げ、奴隷が逃亡しても、勝手に追いかけるな。丁重に連れ戻せ。そうすれば私は褒美を与える。もし追いかけて連れ戻さねば、決まった刑罰だ。略奪するな。垣根を越え、牛馬を盗み、奴隷を誘拐するな。そうすれば決まった刑罰だ。甲戌の日に、我らは徐戎を征伐する。干し糧を準備せよ。遅れることは許さぬ。遅れれば死刑だ。魯の三郊三遂の者よ、土塁の支柱を準備せよ。甲戌の日に、我らは築城する。供給を怠るな。怠れば、家族も含め皆殺しにする。ただし直接手を下さぬ方法だ。魯の三郊三遂の者よ、飼い葉を準備せよ。多く用意せよ。不足すれば死刑だ。」 解説この一節は『尚書』の「費誓」篇で、魯の公(伯禽と推定)が淮夷・徐戎征伐の際に兵士へ下した軍令です。前文(『尚書』の流れ)に続き、戦時規律の厳格さを伝える内容です。主な特徴は: 『尚書』の中でも軍事的色彩が強い章で、『孫子』以前の古代中国軍法の実態を示す史料です。兵站(食糧調達)から倫理規定(略奪禁止)までを含む総合的な布告は、後世の「軍律」の原型となりました。 Translation took 2787.1 seconds. |
| input text ../document/尚書\058_尚書_秦誓.txt | 現代日本語 translated text |
| 秦誓 公曰:「嗟!我士。聽無嘩。予誓告汝羣言之首。古人有言曰:『民訖自若是多盤。責人斯無難,惟受責俾如流,是惟艱哉!』我心之憂,日月逾邁,若弗云來。惟古之謀人,則曰未就予忌(惎);惟今之謀人,姑將以爲親。雖則云然,尚猷詢兹黃髪,則罔所愆。番(皤)番(皤)良士,旅(膂)力既愆,我尚有之。仡仡勇夫,射御不違,我尚不欲。惟截截善諞言,俾君子易辭,我皇多有之。昧昧我思之:如有一介臣,斷斷猗無他技,其心休休焉,其如有容。人之有技,若己有之;人之彥(獻)聖,其心好之,不啻如自其口出,是能容之。以保我子孫黎民,亦職有利哉!人之有技,冒(媢)疾(嫉)以惡(䛩)之;人之彥(獻)聖,而違之,俾不達,是不能容。以不能保我子孫黎民,亦曰殆哉!邦之杌隉,曰由一人;邦之榮懷,亦尚一人之慶。」 |
翻訳文公は言った。「さあ!我が家臣たちよ。騒がずに聞け。私はお前たちに、最も重要な言葉を誓って告げる。古人はこう言った。『人はみな自分勝手でわがままである。他人を責めるのは難しくないが、責めを受け入れて素直に従うことこそ、実に難しいのだ!』私の心の憂いは、月日が過ぎ去っても、まるで戻ってこないかのようだ。昔から仕える謀臣たちについては、『私の意に沿わない』と言い、今の謀臣たちを、ただ親しみ深いと思っていた。そうは言っても、やはり白髪の老人に相談すれば、過ちはなかっただろう。年老いた優れた士は、体力は衰えているが、私は今も彼らを重んじる。勇猛な戦士は、弓や馬術に優れているが、私はあまり好まない。ただ、巧みに弁舌を振るい、君子を惑わせる者たちを、私は多く抱えていた。私はひそかに考える。もし一人の臣下が、誠実で他に技能はなくとも、心が広く寛容であるならば、他人の技能を自分のもののように喜び、他人の賢明さを心から愛し、まるで自分の口から出た言葉のように称賛する。これこそ真の包容力だ。そういう人物こそ、私の子孫や民を守り、国に利益をもたらすのだ!逆に、他人の技能を嫉妬し憎み、他人の賢明さを妨げて実現させない者は、包容力がない。そんな者は私の子孫や民を守れず、国は危うくなる。国の不安定は一人の人物から生じ、国の繁栄と安泰もまた、一人の人物の慶びによるのだ。」 解説この一節は『尚書』の「秦誓」篇で、秦の穆公が殽の戦いでの敗北後、家臣に語った反省の言葉です。前文(『尚書』の流れ)に続き、リーダーシップの本質を説く内容です。主な特徴は: 『尚書』の中でも哲学的深みが突出した章で、『論語』の「君子は和して同ぜず」に通じる思想です。穆公の痛切な反省は、後世のリーダーシップ論(例:唐の太宗の『貞観政要』)に影響を与え、「失敗から学ぶ」普遍性を現代にも示唆しています。 Translation took 3397.2 seconds. |
| input text ../document/尚書\100_尚書_保訓.txt | 現代日本語 translated text |
| 保訓 隹王五十年,不豫,王念日之多鬲,恐述保訓。戊子,自潰。己丑,昧爽□□□□□□□□□王若曰:「發,朕疾適甚,恐不汝及訓。昔前人傳保,必受之以詷。今朕疾允病,恐弗念終,汝以箸受之。欽哉,勿淫!昔舜久作小人,親耕於鬲茅。恐,救中。自詣厥志,不諱於庶萬眚之多欲,厥有施於上下遠埶,乃易立埶詣,測陰陽之物,咸川不逆。舜既得中,言不易實變名,身茲備,惟允,翼翼不懈,用作三降之德。帝堯嘉之,用受厥緒。於呼!祗之哉!昔微矵中於河,以復有易,有易伓厥罪。微亡害,乃追中於河。微寺弗忘,傳貽子孫,至於成康,祗備不懈,用受大命。於呼!發,敬哉!朕聞茲不舊,命未有所延。今汝祗備毋懈,其有所由矣。不及爾身受大命,敬哉,毋淫!日不足,唯宿不羕。」 |
翻訳文王が即位五十年の時、病気になった。王は日々の隔たりを思い、大切な教えを伝え損なうことを恐れた。戊子の日、自ら水を浴びて身を清めた。己丑の日、夜明けに……王はこう言った。「発よ、私の病気はますます重く、お前に教えを伝えきれないかもしれない。昔、先人たちが教えを伝える時は、必ず言葉で受け継がせた。今、私の病は確かに重く、最後まで念じられそうにない。お前はこれを書き記して受け継ぎなさい。慎みなさい、決して道を乱してはならない!昔、舜は長く庶民として過ごし、自ら畑を耕して草むらの中で暮らした。恐れ慎みながら『中』(中庸の道)を求め、自ら志を定めた。数多くの民の欲望を避けず、遠く離れた地にまで施しを行い、立場を変えて人々の元へ赴き、陰陽の理を測って、すべての川が逆らわないようにした。舜は『中』を得ると、言葉を実態に合わせて偽らず、自らを整え、誠実に努め、怠らず慎み深く行動し、三種の高い徳を実践した。帝堯はこれを称え、後継者に選んだ。ああ、敬いなさい!昔、微(湯王の先祖)は黄河で『中』を学び、有易氏を討って彼らの罪を正した。微は害を受けず、黄河で『中』を追い求めた。微はこれを忘れず、子孫に伝え、成湯や康叔に至るまで、敬い整えて怠らず、大いなる天命を受けた。ああ、発よ、慎みなさい!私はこれを古くから聞いているが、天命は永遠ではない。今、お前が敬い整えて怠らなければ、道は開けるだろう。お前が自ら天命を受ける時まで及ばないかもしれない。慎みなさい、決して道を乱してはならない!日は足りず、ただ宿るものは永遠ではないのだ。」 解説この一節は『尚書』の「保訓」篇で、周の文王が息子の武王(発)に臨終の訓戒を伝える場面です。前文(『尚書』の流れ)に続き、王位継承の核心を説く内容です。主な特徴は: 『尚書』の中でも特に「天命思想」が濃厚な章です。儒教の「中庸」(『中庸』)や道家の「無為」に通じ、後世の易経や孟子に影響を与えました。文王が「書き記せ」と命じた点は、古代中国で文書が持つ神聖性を示し、現代の組織継承にも応用できる「知識伝達の重要性」を想起させます。 Translation took 3608.9 seconds. |
| input text ../document/尚書\101_尚書_尹至.txt | 現代日本語 translated text |
| 尹至 惟尹自夏徂亳,逯至在湯。湯曰:「格!汝其有吉志!」尹曰:「后!我來越今旬日。余美其有夏眾不吉好,其有后厥志其喪,寵二玉,弗虞其有眾。民率曰:『余及汝偕亡。』惟災虐極,暴動,亡典。夏有祥,在西在東,見章於天。其有民率曰:『惟我速禍。』咸曰:『曷今東祥不章?』今其如台?」湯曰:「汝告我夏隱,率若時?」尹曰:「若時。」湯盟誓及尹,茲乃柔大縈。湯往征弗附。摯度,摯德不僭。自西翦西邑,戡其有夏。夏料民,入於水,曰戰。帝曰:「一勿遺。」 |
翻訳文伊尹が夏から亳へ行き、湯王のもとに到着した。湯王は言った。「来たれ!お前には良い意図があるようだ!」伊尹は言った。「王よ!私はここに来てから十日が過ぎました。私は夏の民衆が不吉で良からぬ状態にあるのを見ました。彼らの王は志を失い、二つの宝玉を寵愛し、民衆を顧みません。民は皆言います。『お前と一緒に滅びてしまおう』と。災害と虐政が極まり、暴動が起き、秩序は失われています。夏には天の兆しがあり、西にも東にも現れ、天に明らかです。民は皆言います。『我々は速やかに災いを招くだろう』と。皆が言います。『なぜ今、東の兆しが明らかでないのか?』今、どうすればよいでしょうか?」湯王は言った。「お前は私に夏の内情を告げたが、すべてはその通りか?」伊尹は言った。「その通りです。」湯王は伊尹と盟誓を交わし、これによって大きな懸念を和らげた。湯王は従わない者を征伐に向かった。伊尹は推し量り、その徳は過ちなかった。西から西邑を討ち、夏を平定した。夏は民を集め、水辺に入り、戦いを宣言した。天帝は言われた。「一人も残すな。」 解説この一節は『尚書』の「尹至」篇で、殷の湯王と賢臣・伊尹(い いん)の対話を描いたものです。前文(『尚書』の流れ)に続き、夏王朝滅亡の決定的瞬間を記録しています。主な特徴は: 『尚書』の中でも「革命の正当性」を説く代表的な章です。孟子が「民を軽んずれば、民もまたこれを軽んず」(『孟子』)と引用したように、中国古代政治思想の根幹を成します。湯王と伊尹の関係は、後世の「君臣相和す」という理想像に影響を与え、特に「盟誓」の場面は契約の神聖性を暗示しています。最終文の「一勿遺」(一人も残すな)は、古代戦争の厳しさを伝えつつ、天罰の徹底性を象徴的に表現しています。 Translation took 3665.2 seconds. |
| input text ../document/尚書\102_尚書_耆夜.txt | 現代日本語 translated text |
| 耆夜 武王八年征伐耆,大戡之。還,乃飲至於文太室。畢公高為客,召公保奭為夾,周公叔旦為主,辛公𧪒甲為位,作策逸為東堂之客,呂尚父命為司正,監飲酒。 王夜爵酬畢公,作歌一終曰《樂樂旨酒》:「樂樂旨酒,宴以二公。紝夷兄弟,庶民和同。方壯方武,穆穆克邦。嘉爵速飲,後爵乃從。」 王夜爵酬周公,作歌一終曰《輶乘》:「輶乘既飭,人服余不胄。徂士奮刃,殹民之秀。方壯方武,克燮仇讎。嘉爵速飲,後爵乃復。」 周公夜爵酬畢公,作歌一終曰《贔贔》:「贔贔戎服,壯武赳赳。謐精謀猷,欲德乃救。王有旨酒,我憂以浮。既醉又侑,明日勿慆。」 周公又夜舉爵酬王,作祝誦一終曰《明明上帝》:「明明上帝,臨下之光。丕顯來格,歆厥禋盟。於飲月有盈缺,歲有歇行。作茲祝誦,萬壽無疆。」 周公秉爵未飲,蟋蟀躍降於堂,公作歌一終曰《蟋蟀》:「蟋蟀在堂,役車其行。今夫君子,不喜不樂。夫日□□,□□□忘。毋已大樂,則終以康。康樂而毋荒,是惟良士之方方。蟋蟀在席,歲聿雲莫。今夫君子,不喜不樂。日月其邁,從朝及夕。毋已大康,則終以祚。康樂而毋荒,是惟良士之懼懼。蟋蟀在舍,歲聿雲□。□□□□,□□□□,□□□□,及夏。毋已大康,則終以怙。康樂而毋荒,是惟良士之懼懼。」 |
翻訳文武王は八年に耆を征伐し、大いにこれを平定した。帰還すると、文太室で酒宴を開いた。畢公高は賓客として、召公保奭は補佐役として、周公叔旦は主催者として、辛公𧪒甲は席次を司り、作策逸は東堂の賓客として、呂尚父は司正に命じられ、酒宴を監督した。 王(武王)は杯を捧げて畢公に酬い、一曲の歌を作った『楽楽旨酒』:「楽しく旨い酒よ、二公と宴を共にす。兄弟は和み、民衆は調和す。雄々しく武勇に、厳かに国を治めん。嘉き杯を速やかに飲め、後の杯また続かん。」 王は杯を捧げて周公に酬い、一曲の歌を作った『輶乗』:「軽車は整えられ、人々は我が冑なきを服せり。士は刃を奮い進み、民の優れた者よ。雄々しく武勇に、仇敵を調え伏せん。嘉き杯を速やかに飲め、後の杯また繰り返さん。」 周公は杯を捧げて畢公に酬い、一曲の歌を作った『贔贔』:「勇ましき軍服、雄壮に武勇凛々。静かに謀り計らい、徳を欲すれば救いあらん。王の旨き酒、我が憂いは浮かぶ。酔い飽きてまた勧め、明日を怠るなかれ。」 周公はさらに杯を挙げて王に酬い、一曲の祝誦を作った『明明上帝』:「明らかなる上帝よ、下を照らす光。顕著に来臨し、馨る祭祀を受け給え。飲むこと月の満ち欠けの如く、歳は移ろい行く。この祝誦を作り、万寿無疆ならん。」 周公が杯を執りて未だ飲まず、蟋蟀が堂に躍り降りた。公は一曲の歌を作った『蟋蟀』:「蟋蟀堂に在り、役車行く。今し君子よ、喜ばず楽しまず。日は□□、□□□忘る。大いに楽しみ過ぎるなかれ、すなわち終に康寧を得ん。康楽にして荒むことなき、これ良士の道なり。蟋蟀筵に在り、歳は云うまでもなく暮れん。今し君子よ、喜ばず楽しまず。日月は邁り、朝より夕べに及ぶ。大いに安泰過ぎるなかれ、すなわち終に福祚を得ん。康楽にして荒むことなき、これ良士の慎みなり。蟋蟀舎に在り、歳は云うまでもなく□。□□□□、□□□□、□□□□、夏に及ぶ。大いに安泰過ぎるなかれ、すなわち終に頼りを得ん。康楽にして荒むことなき、これ良士の慎みなり。」 解説この一節は『尚書』の「耆夜」篇で、周の武王が耆国を平定した後の祝宴を描いています。前文(『尚書』の流れ)に続き、周王朝建国初期の君臣の絆を詩的に表現したものです。主な特徴は: 『尚書』の中でも詩的要素が濃厚な章です。周公が蟋蟀(こおろぎ)の出現を機に歌う場面は、自然と人事を結ぶ中国古代の「天人相関」思想を体現しています。『蟋蟀』の「役車其行」(役車行く)は民の労苦を、「良士之懼懼」(良士の慎み)は為政者の自覚を謳い、後世の儒家思想に影響を与えました。武王と周公の応酬は、『論語』の「礼は和を貴しとなす」に通じる君臣和合の理想像です。 Translation took 4138.3 seconds. |
| input text ../document/尚書\103_尚書_厚父.txt | 現代日本語 translated text |
| 厚父 □□□□王監嘉績,問前文人之恭明德。 王若曰:「厚父!朕聞禹〖敷土,隨山刊木,奠高山大〗川,乃降之民,建夏邦。啟惟后,帝亦弗邛啟之經德少,命皋繇下,為之卿事,茲咸有神,能格於上,知天之威烖,聞民之若否,惟天乃永保夏邑。在夏之哲王,乃嚴寅,畏皇天上帝之命,朝夕肆祀,不盤於康,以庶民惟政之恭,天則弗斁,永保夏邦。其在時後王之享國,肆祀三后,永敍在服,惟如台?」 厚父拜,𩒨曰:「者魯,天子!古天降下民,設萬邦,作之君,作之師,惟曰其助上帝,亂下民之匿。王乃渴失其命,弗用先哲王孔甲之典刑,顛覆厥德,沈湎於非彝,天廼弗赦,乃墜厥命,亡厥邦。惟時下民共帝之子,咸天之臣民。乃弗慎厥德,用敍在服。」 王曰:「欽之哉,厚父!惟時余經念乃高祖克憲皇天之政功,乃虔秉厥德,作辟事三后。肆如其若龜筮之言,亦勿可專改。茲小人之德,惟如台?」 厚父曰:「於呼,天子!天命不可撞,斯民心難測。民式克恭心敬畏,畏不祥,保教明德,慎肆祀,惟所役之司民,啟之民其亡諒,乃弗畏不祥,亡顯於民,亦惟禍之攸及,惟司民之所取。今民莫不曰:『余保教明德,亦鮮克以誨。』曰民心惟本,厥作惟葉,矧其能貞良於友人,乃宣淑厥心。若山厥高,若水厥淵,如玉之在石,如丹之在朱。乃是惟人曰:『天陰司民,厥徵如佐之服於人。』民式克敬德,毋耽於酒。民曰:『惟酒用肆祀,亦惟酒用康樂。』曰酒非食,惟神之饗。民亦惟酒用敗威儀,亦惟酒用很狂。」 |
翻訳文厚父よ (欠落部分)王は嘉績を監み、昔の文人が恭順と明徳を保ったことを尋ねた。 王はこう言った。「厚父よ!私は聞いている、禹が土地を整え、山に沿って木を切り開き、高山と大河を定め、民を下して夏の国を建てたと。啓が君主となった時、天帝も啓の経徳が不足しているのを憂えず、皋繇を下し卿事とされた。これらは皆、神霊があり天に通じ、天の威罰を知り、民の善悪を聞き分けた。それゆえ天は永遠に夏の都を守ったのだ。夏の賢王たちは厳かに敬い、天帝の命を畏れ、朝夕に祭祀を怠らず、安逸に溺れず、民衆と共に政治に恭順した。天は決して見捨てず、永遠に夏の国を守られた。ところがその後継の王が国を治める時、三后(禹・啓ら)を祭祀しながらも、政務に従事する姿勢はどうであったか?」 厚父は拝礼し、答えて言った。「ああ、天子よ!古より天は下に民を降ろし、万国を設け、君主と師匠を立てた。これはただ天帝を助け、民の過ちを正すためである。ところが王(夏の桀王)は天命を失い、先代の哲王である孔甲の法典を用いず、その徳を覆し、度を越して酒に溺れた。天は赦さず、天命を墜とし国を滅ぼされた。この時、下の民は皆、天帝の子であり、天の臣民である。それなのに(桀王は)徳を慎まず、政務に従事したのだ。」 王は言った。「謹んで受け止めよ、厚父よ!私は常にお前の高祖が天帝の政功をよく守り、その徳を敬って持ち、三后に仕えたことを思っている。占いの言葉のように、軽々しく変えてはならない。ところで、小人(民衆)の徳はどうあるべきか?」 厚父は言った。「ああ、天子よ!天命は逆らえず、民の心は測りがたい。民は恭順な心で畏敬し、不祥を恐れ、教えを保ち明徳を尊び、祭祀を慎むべきだ。民を司る者は、民が誠実さを失わぬよう導かねばならない。もし不祥を畏れず、民に顕彰されなければ、災いが及ぶのは民を司る者の取り方次第だ。今、民は皆こう言う。『私は教えを保ち明徳を尊ぶが、それを教え導く者は少ない』と。民の心は根本であり、その行動は枝葉である。まして友人に対して貞良であれば、その心は善美に満ちる。山のように高く、水のように深く、石中の玉の如く、朱の中の丹の如し。それゆえ人は言う。『天は密かに民を司り、その徴は人が服従するのを助けるようだ』と。民は徳を敬い、酒に耽るべきではない。民は言う。『酒は祭祀に用い、また酒は安楽に用いる』と。しかし酒は食物ではなく、神への供物である。民は酒によって威儀を損ない、酒によって狂暴になるのだ。」 解説この一節は『尚書』(書経)の逸篇「厚父」からの抜粋で、夏王朝の興亡を踏まえた君臣の対話です。以下の点に注目してください:
この一節は、古代中国における「徳治主義」と「天と民の媒介者としての君主」という政治哲学を凝縮しており、儒家思想の源流としての『尚書』の性格をよく示しています。 Translation took 2999.6 seconds. |
| input text ../document/尚書\104_尚書_封許之命.txt | 現代日本語 translated text |
| 封許之命 ……越在天下,故天勸之亡斁,尚振厥德,膺受大命,駿尹四方。則惟汝呂丁,肇牽文王,毖光厥烈。 武王司明刑,厘厥猷,祗事上帝,桓桓丕敬,嚴將天命。亦惟汝呂丁,扞輔武王,攼敦殷受,咸成商邑。 ……,命汝侯於許。汝惟臧耆爾猷,虔恤王家,簡乂四方不𢦚,以勤余一人。 錫汝蒼珪、秬鬯一卣。路車、璁衡、玉軫、鸞鈴、素旂,朱𨊻䡇。馬四匹,攸勒、氍氈、羅纓、鈎膺、豹弁、匿。 贈爾薦彝、盞□、燧珧,龍𩰳、璉、鑵、鉦、㠻、勺、盤、鑒、鎣、𠁁、舟、禁、鼎、簋、觥、䤾。恪! 王曰:「於呼,丁,戒哉!余既監於殷之不若,稚童茲憂,靡念非常,汝亦惟就章爾慮,祗敬爾猷,以永厚周邦,勿廢朕命,經嗣世享。」 |
翻訳文許に封ずる命 ……(天下に広く及んでいるため、天は厭うことなくこれを励まし、その徳を奮い起こさせ、大命を受けさせ、四方を統治させた)。そこで汝、呂丁よ、文王を導き始め、その功績を慎み深く輝かせた。 武王は明らかな刑罰を司り、その謀略を整え、恭しく上帝に仕え、威厳をもって敬虔に天命を奉じた。また汝、呂丁よ、武王を守り補佐し、殷の受(紂王)を討ち鎮め、商の都をことごとく平定した。 ……(ここに)汝を許の侯に封ずる。汝は自らの謀略を善く保ち、王家を敬い思いやり、四方の乱れを治めて、我が身(王)を助けよ。 汝に蒼珪(青い玉の圭)と秬鬯(黒黍の香酒)一卣(ゆ)を賜う。路車(儀式用の車)、璁衡(玉飾りの轅)、玉軫(玉の車軸)、鸞鈴(鈴の飾り)、素旂(白い旗)、朱𨊻䡇(赤い革帯)。馬四匹、攸勒(手綱)、氍氈(毛氈)、羅纓(絹の飾り)、鈎膺(胸飾り)、豹弁(豹皮の冠)、匿(馬具)。 さらに薦彝(祭器)、盞□(杯・欠字)、燧珧(貝飾りの火打ち石)、龍𩰳(龍文の器)、璉(高坏)、鑵(壺)、鉦(銅鑼)、㠻(台)、勺(柄杓)、盤(盆)、鑒(鏡)、鎣(水差し)、𠁁(器)、舟(酒器)、禁(台)、鼎(かなえ)、簋(食物器)、觥(角杯)、䤾(刀)を贈る。謹んで受けよ! 王は言う。「ああ、丁よ、慎め! 我は殷の不義を見て戒めとし、幼い頃からこの憂いを抱き、常ならぬ事態を忘れぬ。汝もまた自らの考えを正し、謀略を敬虔にし、周の国を永遠に厚く守れ。我が命を廃することなく、代々受け継いで享受せよ。」 解説この一節は『尚書』(書経)の「周書」に収録される「文侯之命」に類似する封建の命です。呂丁(呂尚、太公望と同一視される)が周王朝の創業に貢献した功績に対し、武王(または成王)が許の地に封じ、多くの品々を下賜する場面を描いています。主な特徴は以下の通りです:
Translation took 2442.4 seconds. |
| input text ../document/尚書\105_尚書_金縢.txt | 現代日本語 translated text |
| 金縢 (武王有疾,周公祝禱) 武王既克殷三年,王不豫有遲。二公告周公曰:「我其為王穆卜。」 周公曰:「未可以戚吾先王。」 周公乃為三壇同墠,為一壇於南方,周公立焉,秉璧戴珪。史乃冊祝告先王曰:「尔元孫發也,遘害虐疾,爾毋乃有備子之責在上。惟尔元孫發也,不若旦也,是佞若巧能,多才多藝,能事鬼神。命于帝廷,溥有四方,以定尔子孫于下地。尔之許我,我則瘗璧與珪。尔不我許,我乃以璧與珪歸。」 周公乃納其所為功自以代王之說于金縢之匱,乃命執事人曰:「勿敢言。」 (武王崩,管蔡流言,周公東征) 就後武王陟,成王猶幼在位。管叔及其羣兄弟乃流言于邦曰:「公將不利于孺子。」 周公乃告二公曰:「我之[弗辟口我]亡以復見於先王。」 周公宅東三年,禍人乃斯得。 (周公遺詩,成王不信周公) 於後,周公乃遺王詩曰《鴟鴞》,王亦未逆公。 (天現異象,成王悔悟迎周公) 是歲也,秋大熟,未刈。天疾風以雷,禾斯偃,大木斯拔。邦人[皆/大恐。王口]弁,大夫綴[1],以啓金縢之匱。王得周公之所自以為攻,以代武王之說。_ 王問執事人,曰:「信。噫,公命我勿敢言。」 _ 王搏書以泣,曰:『昔公勤勞王家 ,惟余沖人亦弗及知。 今皇天動威,以章公德。_ 惟余沖人其親逆公,我邦家禮亦宜之。_ |
翻訳文金縢 (武王が病に伏し、周公が祈りを捧げる) (武王が崩御し、管叔らが流言を流す) (周公が詩を送るが、成王は信じない) (天変地異が起こり、成王が悔悟する) 解説この一節は『尚書』(書経)の「金縢」篇の現代語訳です。以下の点に注目してください:
この物語は、権力闘争の中で揺れる人間性と、天が最終的に正義を証明するという古代中国の世界観を濃縮した名場面です。 Translation took 3142.6 seconds. |
| (成王出郊迎周公,歲大熟) 王乃出逆公至郊。是夕,天反風,禾斯起,凡大木之所拔,二公命邦人盡復筑之。_ 歲大有年,秋則大刈。 周武王有疾,周公所自以代王之志(簡十四背) |
翻訳文(成王が郊外に出て周公を迎え、その年は大豊作となった)王は郊外に出て公を迎えた。その夜、風向きが逆転し、倒れていた稲が立ち上がり、倒された大木はすべて、二人の公(周公と召公)が人々に命じて完全に修復させた。その年は大豊作となり、秋には大収穫があった。 周の武王が病に倒れたとき、周公が自ら王の代わりになろうとした志(竹簡十四の裏面の記述) 解説この一節は『尚書』(書経)の逸話で、以下の要素から構成されています:
1. 天候の奇跡と豊作:
Translation took 2284.6 seconds. |
| input text ../document/尚書\106_尚書_尹誥.txt | 現代日本語 translated text |
| 尹誥 惟尹既及湯,咸有一德。尹念天之敗西邑夏,曰:「夏自絕其有民,亦唯厥眾,非民無與守邑〈【注】敗,簡文作「贁」;絕,或作「沮」,或作「殄」;守,簡文作「獸」〉。厥辟作怨于民,民復之用離心〈【注】怨,簡文作「悁」;復,簡文作字形上复下止;離,簡文作「麗」〉。我翦滅夏〈【注】滅,簡文作字形左水右戌〉,今后曷不監〈【注】監,簡文作「藍」〉?」執告湯曰:「我克協我友〈【注】友,簡文作字形,上友下曰〉。今唯民遠邦、歸志。」湯曰:「於乎〈【注】乎,簡文作字形,上虍下壬〉!吾何作於民,俾我眾勿違朕言〈【注】作,簡文作字形,上作下又;俾,簡文作「卑」;違,簡文作「韋」〉?」摯曰:「后其賚之〈【注】賚,簡文作字形,上來下子〉,其有夏之金玉田邑,舍之吉言。」乃致眾于亳中邑。 |
翻訳文伊尹の誥 解説この一節は『尚書』の「尹誥」(伊尹の誥)篇で、殷王朝の建国者・湯王とその臣下・伊尹の対話を記録しています。主なポイントは以下の通りです:
Translation took 3588.5 seconds. |
| input text ../document/尚書\107_尚書_程寤.txt | 現代日本語 translated text |
| 程寤 唯王元祀正月既生魄,大姒夢見商庭唯棘,乃小子發取周庭梓樹于厥間,化為松、柏、棫、柞〈【注】正,簡文作「貞」;魄,簡文作字形左白右月,《逸周書》作「霸」;棘,簡文作「棶」;梓,簡文作字形左木右子;樹,簡文作字形左木右豆;間,簡文作字形上門中外〉。寤驚,告王,王弗敢占,召大子發〈【注】寤,簡文作「悟」;召,簡文作字形左上刀左下言右卩〉。俾靈名凶祓。祝忻祓王,巫率祓大姒,宗丁祓大子發〈【注】靈,簡文作字形少巫;凶,簡文作字形上艹下兇;祓,簡文作字形左巿右攵〉。幣告宗祊、社稷,祈于六末、山川,攻于商神〈【注】祊,從示方聲,拔翁切,音若崩,門中祭祖;社,簡文作字形上木下土;稷,簡文作字形左示右畟〉。望徵〈【注】望,簡文作字形左見右上亡右下壬;徵,簡文作「承」〉,占于明堂。王及大子發並拜吉夢,受商命于皇上帝。 興,曰:「發!汝敬聽吉夢〈【注】聽,簡文作「聖」〉。朋棘敲梓松,梓松柏副棫苞柞作〈【注】苞,簡文作字形,上壺中缶下木;壺之形,見「壹」,從壺吉聲者也〉,化為樗。於乎!何警非朋〈【注】何,簡文作「可」;警,簡文作「敬」〉?何戒非商?何用非樹?樹因欲,不違材〈【注】材,簡文作字形上艹下才〉。如天降疾,耆味既用〈【注】耆,簡文作「旨」;用,簡文作「甬」〉,不可藥。時不遠,唯商慼在周,周慼在商。擇用周〈【注】擇,簡文作「睾」〉,果拜不忍,綏用多福〈【注】綏,簡文作「妥」〉。唯子斃不義〈【注】斃,簡文作「幣」〉,芃于商,俾行量無乏,明明在尚〈【注】向,上也〉。雖容內棘,意欲唯柏。夢徒庶言徙〈【注】徙,暫用字。原字不詳,許為「蔡」,不知義〉,矧又勿亡秋〈【注】矧,簡文作「引」〉。明武,畏〈【注】畏,簡文作字形左示右畏〉,如棫柞無根〈【注】如,簡文作「女」〉。於乎!敬哉〈【注】哉,簡文作才〉!朕聞周長不貳,悔亡勿用。不惎使比擾和順,生民不災,懷允?於乎!何監非時?何務非和?何畏非旻〈【注】畏,如前注〉?何保非道?何愛非身?何力非人?人謀彊,不可以藏。後戒,後戒;人用汝謀,愛日不足!」 |
翻訳文それは王の元年の正月、月が生魄(新月後の輝き)の時であった。大姒は夢を見た。商の庭には棘だけが生えており、そこで若き発(後の武王)が周の庭の梓の木を取ると、それが松・柏・棫・柞に変わった。目覚めて驚いた大姒は王に告げたが、王は自ら占うことを畏れ、太子の発を召し出した。霊名による凶事の祓いを行わせ、祝の忻が王を祓い、巫の率が大姒を祓い、宗丁が太子の発を祓った。幣帛を捧げて宗廟の祊(門中祭壇)と社稷に告げ、六末(天地四方)と山川に祈り、商の神々を攻め鎮めた。望祭と徴兆を求め、明堂で占った。王と太子の発は共に吉夢を拝礼し、皇上帝から商の天命を受けた。 王は立ち上がり言った。「発よ、汝は謹んで吉夢を聞け。棘が梓と松を招き、梓と松は柏となり、棫と柞が茂る。それらが樗に変わる。ああ、何が警告で棘と同朋ではないのか?何が戒めで商ではないのか?何が用いるべきで樹ではないのか?樹は欲望に従い、材質に背かぬ。天が病いを降すように、旨味(美味)を用いれば、薬では治せぬ。時は遠くない。商の憂いは周にあり、周の憂いは商にある。周を選んで用いよ。断固として忍ばず、多くの福で安んぜよ。ただ汝が不義を滅ぼし、商に茂って行いを量り欠けることなく、明らかな道を尊べ。たとえ棘が内に生えても、志は柏のごとくあれ。夢は民の言葉のように移ろい、まして秋(時機)を失うな。武を明らかにし畏れよ。棫や柞が根なしのように。ああ、慎めよ!朕は聞く、周の長久は二心なく、悔いを除けば用いられぬことはない。疑わずに調和させ順わせよ。民に災いなく、誠実を抱け。ああ、何を鑑とすべきか時ではないのか?何を務めるか和ではないのか?何を畏れるか天の道ではないのか?何を保つか道ではないのか?何を愛するか己の身ではないのか?何を力とするか人ではないのか?人の謀は強く、隠せぬ。後に戒めよ、後に戒めよ!人が汝の謀を用いるなら、日(時)を愛して足りぬと思え!」 解説この翻訳は『尚書』の一節「程寤」を現代日本語に忠実に変換したものです。以下に背景と特記事項を説明します: 1. 歴史的・文脈的背景
2. 注釈対応の翻訳処理原文の【注】は竹簡文字(簡文)の異体字解釈ですが、翻訳では本文のみを現代語化し、注釈内容は以下の通り解説に統合しました: - 文字異同:例「魄→霸」「梓→木+子」等、簡文では別字で書かれているが、意味は現代語訳で統一(例:「生魄」を「新月後の輝き」と解釈)。 - 難解語の補足: - 「祊(ほう)」:門内での祖先祭祀。 - 「六末」:天地四方の極み。 - 「攻于商神」:敵対する商の神々を鎮める儀式。 - 「耆味」:原文注で「旨(美味)」とあるため「旨味」と訳出。 - 解釈困難箇所:例「夢徒庶言徙」は原字不明のため、前後文脈から「夢が民の言葉のように移ろう」と意訳。 3. 翻訳方針
4. 思想的キーワード
この翻訳は、竹簡テキストの復元研究(例:清華簡)を踏まえつつ、文学性と哲学的メッセージを両立させるよう努めました。王の言葉に込められた革命の緊張感と倫理観が、現代日本語でも伝わるように配慮しています。 Translation took 3466.2 seconds. |
| input text ../document/尚書\108_尚書_皇門.txt | 現代日本語 translated text |
| 皇門 唯正庚午,公格在皇門〈【注】唯,簡文作隹。格,作上吅下各。在,作才。皇,作上耂下古〉。公若曰:「於乎!朕寡邑小邦,蔑有耆耇據事、屏朕位〈【注】「乎,作上虍中几下口。蔑,作左禾右蔑。有,作又。據,作上虍下朵。屏,作甹。位,作立〉。肆朕沖人,非敢不用明刑,唯莫開余嘉德之説,今我譬小于大〈【注】沖,或作沈。德,作惪。説,作兌。譬,作卑。小,作少〉。我聞昔在二有國之哲王,則不邛于卹。迺唯大門宗子、邇臣懋揚嘉德。迄有孚,以助厥辟,勤卹王邦王家〈【注】聞,作左昏右耳。國,作或。哲,作折。邛,作共。邇,作埶。懋,作茅。揚,作昜。迄,作气。孚,作上宀左玉右缶。厥,作氒。勤,作堇家,作上爫下家〉。迺旁求選擇元武聖夫,羞于王所,自臺臣至于有分私子,苟克有諒,罔不遂達,獻言在王所。是人斯助王共明祀、敷明刑,王用有監多憲,政命用克和有成〈【注】旁,作方。求,作救。選,作巽。擇,作睪。羞,作左月右羞。臺,作上來下里。分,作貧。私,作厶。苟,作句。諒,作佐京右欠。罔,作亡。遂,作上賏下㐭。政,作正〉。王用能承天之魯命,百姓萬民用無不擾比在王廷。先王有勸,以賓右于上〈【注】姓,作眚。無,作亡。擾,作左月右頁。勸,作雚。賓,作頻〉。是人斯既助厥辟,勤勞王邦王家,先人、神祇報式用休,俾服在家,王邦用寧小民用各能稼嗇,咸祀天神。戎兵以能興,軍用多實,王用能奄有四斐遠土丕承子孫,用蔑被先王之耿光〈【注】勞,作上左火上右火下衣。祇,作示。報,作左辵右复。俾,作卑。服,作備。寧,作寍。各,作叚。稼,作上爫下家。奄,作盍。斐,作上吅下文。丕,作不。蔑,作襪〉。至于厥後嗣立王,迺弗肯用先王之明刑維汲汲胥驅胥效于非彝,以家相厥室,弗卹王邦王家。維偷德用,以昏求于王臣,弗畏不祥,不肯惠聽無罪之詞,乃唯不順是詞〈【注】後,作左辵上幺中夊。肯,作上冖中一下月,古字形。維,作隹。汲,作左言右及。胥,作疋。驅,作區。效,作左上爻左下言右攵。偷,作俞。昏,作左昏右耳。祥,作恙。聽,作聖。罪,作辠。詞,作左糸左上厶左下司。順,作訓〉。我王訪良言於是人,斯乃非休德以應,乃維作詬以答,俾王之無依無助〈【注】應,作上䧹下言。作,作乍。詬,作區。答,作上合下曰〉。譬如農夫,喬用從禽,其猶克有穫?是人斯迺讒賊,□□,以不利厥辟厥邦。譬如覺夫之有媢妻,曰『余獨服在寢』,以自露厥家〈【注】如,作女。農,作戎。禽,作左月右今。其,作亓。猶,作由。穫,作隻。讒,作左言右今。賊,作惻。媢,作上矛下心。獨,作蜀。露,作上雨下各〉。媢夫有邇無遠,乃掩蓋善善夫,善夫莫達在王所。乃維又奉癡夫,是揚是繩,是以爲上,是授司事師長。政用迷亂,獄用無成〈【注】掩,作上穴中曰下廾。蓋,作盍。癡,作俟。揚,作左米右昜。繩,作左糸右興。授,作受。師,作帀。亂,簡文字形省乚〉。小民用禱無用祀,天用弗保,媢夫先受殄罰,邦亦不寧。於乎!敬哉!監于茲。朕遺父兄,衆朕藎臣,夫明爾德,以助余一人憂,毋惟爾身之遂,皆卹爾邦,假余憲〈【注】禱,作上己下曰。保,作上宀左玉右缶。殄,作吝。憂,作上頁下心。假,作叚〉。既告汝元德之行,譬如同舟,輔余于險,遂余于濟,毋作祖考羞哉〈【注】汝,作女。元,作上元下心。同,作左舟右主。濟,作淒。作,作上乍下又。祖,作俎〉!」 |
翻訳文庚午の日に、公が皇門に到着した。公は言った。「ああ!私の小さな国には、年老いた賢者で政務を支え、私の位を守ってくれる者がいない。それゆえ、私は若輩ながらも、明らかな法を用いないわけにはいかない。ただ、私の善き徳についての説き示しを開いてくれる者がおらず、今、私は小を大に譬えて語ろう。私は昔、二つの国にいた賢明な王たちが、憂いを一人で背負わず、むしろ宗族の長や近臣たちが善き徳を大いに広め、誠実さを持ち続けて君主を助け、王の国と王家のために勤労と憂いを払ったと聞いている。さらに、彼らは広く探し求めて勇武と聖なる者を選び、王のもとに推挙した。高官から私的な子孫に至るまで、もし誠実さを持つ者なら、ことごとく取り上げられ、王のもとで意見を献上した。こうした人々は王を助けて祭祀を共に明らかにし、法を広く示した。王は多くの規範を監視し、政令は調和と成功をもたらした。王は天の大いなる命を受け継ぐことができ、民衆はこぞって王の朝廷に和した。先王は勧められ、天の右に賓客として迎えられた。こうした人々が君主を助け、王の国と王家のために勤労すると、祖先と神々は報いて安らぎを与え、国に仕えさせた。王の国は平穏になり、民はそれぞれ農耕に励み、こぞって天神を祀った。軍備は整い、軍需は豊かになり、王は四方の遠い土地を覆い、子孫が大いに受け継いだ。こうして先王の輝かしい光栄は覆われなかった。ところが、その後継ぎの王たちは、先王の明らかな法を用いようとせず、急いで不法を互いに駆り立て模倣し、家臣同士で私的に結託して、王の国と王家を顧みなかった。彼らは不誠実な徳を用い、暗愚をもって王の臣下に求め、不吉を畏れず、罪なき言葉を聴き入れようとせず、むしろ道理に逆らう言葉だけを好んだ。私の王が良言をこうした者に訪ねると、彼らは善き徳で応えるのではなく、罵詈で答え、王を頼る者も助ける者もない状態にした。譬えて言えば、農夫が高みから鳥獣を追うようなもので、どうして収穫がありえようか?こうした者たちは讒言と害悪で君主と国を不利にした。まるで、酔狂な男に嫉妬深い妻がいて『私だけが寝室にいる』と言い、自ら家を滅ぼすようなものだ。嫉妬深い者は近くばかり見て遠くを顧みず、善人を覆い隠し、善人が王のもとに届くのを阻んだ。そして愚か者を推挙し、彼らを称揚し引き立てて上位に据え、役職や師長の地位を与えた。政治は混乱し、裁判は決着しなかった。民は祈るだけで祭祀をせず、天は守らず、嫉妬深い者は真っ先に滅びの罰を受け、国も平穏でなくなった。ああ、慎みなさい!これを戒めとせよ。私が遺す父兄や忠臣たちよ、お前たちの徳を明らかにし、私一人の憂いを助けよ。お前たち自身の安泰だけを考えるな。皆で国を憂い、私の規範を支えよ。私はお前たちに大いなる徳の行いを告げた。譬えば同舟のごとく、危険の中で私を助け、渡し終えるまで支えよ。祖先の恥となることをするな!」 解説この一節は『尚書』「皇門」篇の一部で、君主(公)が臣下に向けて善政と徳治の重要性を説く演説です。核心的なテーマは以下の通りです: - 善政の要諦:賢者を登用し、誠実な臣下が法を広めることで国が安定する様子を、先王の事例で強調しています。 - 腐敗の危険性:後継者たちが不法を放置し、讒言や愚者を重用することで国が混乱する過程を、農夫や嫉妬深い妻などの比喩で鮮明に描いています。 - 臣下への戒め:最終段落で「同舟」の比喩を用い、臣下に結束と祖先への責任を求め、実践的な規範を示しています。 翻訳では、古典漢文の難解な表現を、以下の方針で現代日本語に変換しました: - 古語の平易化:例えば「朕寡邑小邦」を「私の小さな国」、「邛于卹」を「憂いを背負う」と意訳し、比喩(例:農夫の追鳥)は原意を保ちつつ直感的に分かりやすく再現。 - 文脈の明確化:注釈の異体字は省略し、主語・目的語を補足(例:「迺唯大門宗子」→「宗族の長や近臣たち」)。 - 文体の統一:演説調を保つため、敬語(「慎みなさい」「助けよ」)を用い、現代語でありながら威厳ある口調を維持しました。 この箇所は、古代中国における「徳治主義」の典型で、為政者の倫理と臣下の責任を説く点で、『尚書』全体の思想的基盤を示しています。 Translation took 3704.1 seconds. |
| input text ../document/尚書\109_尚書_祭公.txt | 現代日本語 translated text |
| 祭公 王若曰:「祖祭公,哀余小子,昧其在位,旻天疾威,余多時假懲〈【注】祖,簡文作且。祭,作左丰上林中一下邑。哀,作上亠中心下衣省亠。小,作少。昧,作左孑右未。其,作亓。在,作才。位,作立。旻,作左言右文。威,作畏。時,作寺。假,作叚。懲,作上山中王下心〉。我聞不豫有遲,余惟來視,不淑,疾甚!余畏天之作威!公其告我懿德〈【注】聞,作左昏右耳。豫,作余。有,作又。遲,作上尸下二。惟,作隹。來,作逨。視,作上目下人。淑,作左水右弔。作,作上乍下又。懿,作印。德,作惪〉!」 祭公拜手稽首〈【注】稽,作左旨右頁〉,曰:「天子,謀父朕疾惟不瘳。朕身尚在茲,朕魂朕辟昭王之所,亡圖不知命〈【注】謀,作上母下心。朕,作縢。茲,作上𢆶下才。魂,作左員右上虫右下虫。昭,作卲。亡,作上屮下亡。圖,作上者下心。知,作智〉。」 王曰:「於乎,公!朕之皇祖周文王、烈祖武王,宅下國,作陳周邦。惟時皇上帝宅其心,享其明德,付畀四方,用膺受天之命,敷在下〈【注】乎,作上虍下介。烈,作剌。宅,作厇。國,作左或右阝。陳,作左申右戈。享,作卿。付,作上宀下付。用,作甬。敷,作尃〉。我亦惟有若祖周公暨祖召公,茲迪襲學于文武之懋德,克夾紹成康,用畢成大商〈【注】暨,作上既下木。召,作卲。迪,作由。襲,作左辵右茲省。學,作上爻下子。懋,作曼,推定曰茂。紹,作卲。成,作上成下土〉。我亦惟有若祖祭公,修和周邦,保乂王家〈【注】修,作上攸下土。家,作上爫下家〉。」 |
翻訳文祭公よ、王はこう言った。「先祖である祭公よ、哀れな私のような若者が、位にいることが暗く理解できずにいます。天が速やかに威を示し、私は長い間懲らしめを受けてきました。私は聞いています、安らかでないことが遅れていると。私はただ見に来たのですが、良くなく、病は非常に重い!私は天が威を示すことを畏れています!公よ、どうか私に美しい徳を教えてください。」 祭公は拝礼して頭を地につけ、言った。「天子よ、謀父(私)の病は癒えそうにありません。私の体はまだここにありますが、私の魂は私の君主である昭王のいる所に行っています。亡くなった方々は天命を知らないのです。」 王は言った。「ああ、公よ!私の偉大な先祖である周の文王、功績ある先祖である武王は、下界の国に住み、周の国を治める体制を作りました。その時、偉大な上帝が彼らの心に住み、彼らの輝く徳を受け入れ、四方の地を授け、天の命を受けるのに用いられ、下界に広めました。私もまた、先祖の周公や先祖の召公のような方々がおり、彼らは文王と武王の盛んな徳を継承して学び、成王と康王を補佐して継承することをよく果たし、大商(殷)を完全に平定するのに用いられました。私もまた、先祖の祭公のような方がおり、周の国を調和させ整え、王家を守り治めてくださいました。」 解説この一節は『尚書』(書経)の「祭公」篇からの抜粋で、周王朝の王と重臣・祭公の対話です。主なポイントは以下の通りです:
この一節は、古代中国の王権観や儒教的倫理の源流を理解する上で重要な史料です。王の謙虚な姿勢と祭公の忠誠が、支配者の理想像を描いています。 Translation took 2379.5 seconds. |
| 王曰:「公稱丕顯德,以余小子揚文武之烈,揚成、康、昭宔之剌〈【注】稱,作爯。丕,作不。揚,作颺。昭,作卲〉。」 曰:「於乎!公,汝念哉!遜措乃心,盡付畀余一人〈【注】汝,作女。哉,作上𢆶下才。遜,作愻。措,作惜,推定曰措。盡,作中聿左下彡〉。」 公懋拜手稽首,曰:「允哉〈【注】懋,作上茅下心。允,作上厶下身〉!」乃詔畢貆、井利、毛班〈【注】詔,作左言右卲。畢,作上罒左下糸右下畢。井,井中水〉,曰:「三公,謀父朕疾惟不瘳,敢告天子,皇天改大邦殷之命,惟周文王受之,惟武王大敗之,成厥功〈【注】告,作上口中大下羊省一。改,作攺。殷,作上殷下土。敗,作贁。成,作上成下土。厥,作氒。功,作左示右工〉。惟天奠我文王之志,董之用威,亦尚宣臧厥心,康受亦式用休,亦美懋妥心,敬恭之。惟文武中大命,戡厥敵〈【注】董,作左辵右童。宣,作上尸下亘。臧,臣作口。式,作弋。美,作上山中一下几。妥,作綏。恭,作龏。戡,作上戈下今。敵,攵作戈〉。」 公曰:「天子、三公,我亦上下辟于文武之受命,皇戡方邦,丕惟周之旁,丕惟后稷之受命是永厚〈【注】上,作上上下止。辟,作卑。皇,作上宀中屮下王。戡,作上宀下甚。旁,作蒡。后,作句。稷,作禝。永,作羕。厚,作上石下句〉。惟我後嗣,方建宗子,丕惟周之厚屏。於乎!天子,監于夏商之旣敗,丕則亡遺後難,至于萬億年,參敘之。既沁,乃有履宗,丕惟文武之由〈【注】建,作上聿下止。屏,作荓。監,作藍。夏,作左上日左下止右頁。遺,作上𦥔中少下辵。億,作上立中中下口。敘,作舒。履,作左上舟左下止右頁〉。」 |
翻訳文王は言った。「公は大いなる輝かしい徳を称え、私のような若輩に文王と武王の功業を広めさせ、成王・康王・昭王の業績を広めさせた。」 さらに言った。「ああ!公よ、お前は心に留めよ。お前の心を控えめにして、全てを私一人に委ねよ。」 公は丁寧に手を合わせ頭を地につけて拝礼し、言った。「承知しました。」そこで公は畢貆・井利・毛班に告げて言った。「三公よ、父(王)の病が癒えないことを憂い、敢えて天子に申し上げる。天は大国・殷の天命を改め、周の文王がそれを受け、武王が大いにこれを打ち破って、その功績を成し遂げられた。天は我らが文王の志を固め、威厳をもって導き、またその心を広く善く保たせ、安らかに受け入れ、良い模範として美しく心を整え、敬い恭しくした。文王と武王は天命を受け、その敵を平定された。」 公は言った。「天子、三公よ、私もまた上は下まで文武の受命に従い、広く方国を平定し、周の広大さを大いに考え、后稷の受命が永遠に厚く続くことを大いに思う。我ら後継者は、まさに宗子(王家の子孫)を立て、周の厚い守りとなることを大いに考える。ああ!天子よ、夏や商(殷)が既に滅んだことを鑑み、後世に災いを残さず、億万年に至るまで、秩序をもって治めよ。既に心に染み渡ったなら、宗廟の祭祀を行い、文王と武王による統治を大いに思うのだ。」 解説この翻訳は『尚書』(書経)の一節で、周王朝初期の成王と周公(姫旦)の対話を描いています。主なポイントを解説します:
この一節は、周王朝の正統性と徳治を強調する『尚書』の特徴をよく表しており、翻訳では対話の緊迫感と政治的教訓を明確にしました。 Translation took 3137.7 seconds. |
| 公曰:「於乎!天子,丕則寅言哉。汝毋以戾災罪蠱喪時,遠大邦〈【注】寅,作左上寅右上鬼下皿。毋,作母。災,作上𢆶下才。罪,作辠。蠱,作左古右上虫右下虫。喪,作上屮下亡。遠,作上宀下爰〉。汝毋以嬖御疾爾莊后,汝毋以小謀敗大慮,汝毋嬖士疾大夫卿士汝毋固家相爾室,然莫恤其外。其皆自時中乂萬邦〈【注】嬖,作俾。御,作左言右上午右下又。疾,作息。莊,作臧,臣作口。慮,作上虍中上且省一中下又下心。士,作上來下子。固,作各。爾,作而。然,作肰。恤,作血。中,作上宀下中〉。」 公曰:「於乎!天子,三公,汝念哉。汝毋亂泯,唐唐厚顏忍恥,時惟大不淑哉〈【注】亂,作絸。泯,作上口中臤下力。唐,作上庚下心。顏,作產,生作色。淑,作弔〉!」曰:「三公,敷求先王之恭明德;行四方,克中爾罰。昔在先王,我亦不以我辟陷于難,弗失于政,我亦惟以沒我世〈【注】恭,作共。行,作型。陷,作上穴左下章左下欠。難,作戁。失,作遊,子作羊。沒,作左水右冂,冂中巳。世,作左歹右大〉。」 公曰:「天子、三公,余惟弗起朕疾,汝其敬哉。茲皆保胥一人,康慈之,辟保之,然無斁□□,我周有常刑〈【注】起,作左辵右己。保,作缶。胥,作上余下口。慈,作左手右子。辟,作左子右辛。保,作伓。斁,作夕〉。」 |
翻訳文公は言った。「ああ!天子よ、大いに敬って言うことだ。お前は災いをもって罪を招き、時を失い、大国を遠ざけてはならない。お前は寵姫をもって正后を疎んじてはならない。お前は小さな策略をもって大きな計画を台無しにしてはならない。お前は寵臣をもって大夫や卿士を疎んじてはならない。お前は家臣をもって宮廷を固執してはならない。そうすれば、外のことを思いやることがなくなる。すべてこの中央から治めて万国を治めよ。」 公は言った。「ああ!天子、三公よ、お前たちは心に留めよ。お前は乱れて滅びてはならない。厚かましく恥を忍ぶなら、それは大いに良くないことだ。」(また)言った。「三公よ、先王の慎み深く明らかな徳を広く求めよ。四方に行き、お前たちの罰を公正にせよ。昔、先王の時代に、私もまた私の君主を危難に陥らせず、政治を誤ることなく、私もまたこうして生涯を終えよう。」 公は言った。「天子、三公よ、私は自分の病を治そうとは思わない。お前たちは慎しむがよい。これらすべては(天子)一人を支え助け、安らかに慈しみ、君主として守ることだ。そうすれば飽きることなく……、我が周には不変の刑罰がある。」 解説この一節は『尚書』(書経)の「康誥」または「召誥」に近い部分と推定され、周公が成王(天子)や三公(最高官職)に対して政治の心得を説いています。主な特徴は以下の通りです:
この一節は、古代中国の王権思想において「個人の徳性」と「制度の維持」が如何に不可分であったかを示す典型例です。 Translation took 3592.0 seconds. |
| 王拜手稽首,黨言,乃出〈【注】黨,作上與下止〉。 |
翻訳文王は手を合わせて頭を地につけて礼をし、率直に言った。そして退出した。 解説この一節は『尚書』における君臣の儀礼的な場面を描いたものです。主なポイントは以下の通り:
この簡潔な描写は、古代中国政治において「礼」が単なる形式ではなく、権威と服従の相互確認として機能したことを示す典型例です。王の動作と言葉が、支配の正統性を演出する役割を担っています。 Translation took 2273.8 seconds. |
| input text ../document/尚書\110_尚書_傅說之命上.txt | 現代日本語 translated text |
| 傅說之命上 惟殷王賜說於天,庸為失仲使人。王命厥百工向,以貨徇求說於邑人。惟弼人得說于傅巖,厥俾繃弓,引關辟矢。說方築城,縢降庸力,厥說之狀,腕肩如椎。王迺訊說曰:「帝抑尔以畀余,抑非?」說迺曰:「惟帝以余畀尔,尔左執朕袂,尔右稽首。」王曰:「亶然。天迺命說伐失仲。」失仲是生子,生二牡豕。失仲卜曰:「我其殺之」,「我其已,勿殺」。勿殺是吉。失仲違卜,乃殺一豕。說于圍伐失仲,一豕乃旋保以逝,迺踐,邑人皆從,一豕隨仲之自行,是為赦俘之戎。其惟說邑,在北海之州,是惟圜土。說來,自從事于殷,王用命說為公。 |
翻訳文殷の王は傅説を天から賜り、失仲の使者として用いた。王は配下の百官に命じて方々に向かわせ、財貨を使って町の人々の中から傅説を探し求めた。ついに弼人が傅巖で傅説を見つけた時、彼は弓を張り、弦を引き絞って矢を避けていた。傅説はちょうど城壁を築いており、力を込めて働いていた。彼の姿は、腕や肩が槌のようにがっしりとしていた。王はそこで傅説に尋ねて言った:「天帝がお前を私に授けたというのか、それとも違うのか?」傅説は答えて言った:「天帝が私をあなたに授けられました。あなたは左手で私の袖をつかみ、右手で地に頭を付けて礼をなさい。」王は言った:「まことにその通りだ。天は傅説に失仲を討伐せよと命じたのだ。」失仲には子供が生まれ、二頭の雄豚を産んだ。失仲が占いをすると「私はこれを殺すべきか」「やめておき、殺すな」という結果が出た。殺さないのが吉であった。しかし失仲は占いの結果に背き、一頭の豚を殺してしまった。傅説が包囲して失仲を討伐すると、一頭の豚は身を翻して逃げ去り、その場に踏みとどまった。町の人々は皆これに従い、一頭の豚は仲に付き従って自ら行動した。これが赦俘の戦いである。傅説の領地は北海の州にあり、それは円形の土塁であった。傅説は来て、自ら殷に仕え、王は傅説を公に任命した。 解説この一節は『尚書』「傅説之命」の冒頭部で、奴隷から宰相に登用された伝説的人物・傅説の物語です。主なポイントは以下の通り:
この物語は、『孟子』や『韓非子』でも言及されるほどの影響力を持ち、中国古代における「聖王と賢臣」の理想像を形成する重要な典拠となっています。特に傅説が工具(縄と版)を持って登場する描写は、後世の「版築之臣」という成語の起源となりました。 Translation took 2936.2 seconds. |
| input text ../document/尚書\111_尚書_傅說之命中.txt | 現代日本語 translated text |
| 傅說之命中 說來自傅巖,在殷。武丁朝於門,入在宗。王原比厥夢,曰:「汝來惟帝命。」說曰:「允若時。」武丁曰:「來格汝說,聽戒朕言,漸之於乃心。若金,用惟汝作礪。古我先王滅夏,變強,捷蠢邦,惟庶相之力勝,用孚自邇。敬之哉,啟乃心,日沃朕心。若藥,如不瞑眩,越疾罔瘳。朕畜汝,惟乃腹,非乃身。若天旱,汝作淫雨。若津水,汝作舟。汝惟茲說底之于乃心。且天出不祥,不徂遠,在厥落,汝克𧡢視四方,乃俯視地。心毀惟備。敬之哉,用惟多德。且惟口起戎出好,惟干戈作疾,惟衣載病,惟干戈眚厥身。若抵不視,用傷,吉不吉。余告汝若時,志之于乃心。」 |
翻訳文傅説は傅巖から来て、殷にいた。武丁は門で朝礼を行い、宗廟に入った。王はかつて見た夢を思い起こし、言った:「お前が来たのは天帝の命令である。」傅説は答えた:「確かにその通りです。」武丁は言った:「来たれ、傅説よ、朕の言葉を聞いて戒めとせよ、それを徐々にお前の心に浸透させよ。金のようであれば、お前を砥石として用いる。昔、我が先王は夏を滅ぼし、強国に変え、無謀な国々を打ち破ったが、それは多くの補佐役の力で勝利し、信頼を近くから積み重ねたからだ。慎むのだ、お前の心を開け、日々朕の心を潤せ。薬のようで、もしめまいを起こさなければ、病気は決して治らない。朕がお前を養うのは、お前の腹(内面)のためであって、お前の身(外面)のためではない。天が旱魃をもたらせば、お前が長雨を降らせよ。渡し場に水が溢れれば、お前が舟となれ。お前はこの言葉を心の底に留めよ。さらに、天が不吉なことを起こしても、遠くに行かず、その落ちた場所で、お前は四方を見渡し、地を俯いて見よ。心を砕いて備えよ。慎むのだ、多くの徳をもってせよ。また、口は戦争を起こし好意も生むが、干戈(武器)は病を作り、衣は病を運び、干戈はお前の身を傷つける。もしこれを見ずに触れれば、傷つき、吉となるか吉とならないか。朕はお前にこのことを告げる、お前の心に刻み込め。」 解説この一節は『尚書』「傅説之命」中編で、殷の王・武丁が傅説に宰相としての心構えを説く訓戒の場面です。前編(上)に続き、傅説の登用後、王が直接的な教えを与える核心部分となっています。主なポイントは以下の通り:
この箇所は、天命を受けた人物が如何に国を治めるべきかを具体的に示し、中国古代政治思想の重要な典拠となっています。特に「瞑眩せざれば疾瘳えず」は、『孟子』で引用されるなど、後世の諫言(かんげん)理論に大きな影響を与えました。 Translation took 4138.8 seconds. |
| input text ../document/尚書\112_尚書_傅說之命下.txt | 現代日本語 translated text |
| 傅說之命下 “……員,經德配天,余罔有斁言。小臣罔俊在朕服,余惟命汝說融朕命,余柔遠能邇,以益視事,弼永延,作余一人。”王曰:“說,既亦詣乃服,勿易俾越。如飛雀罔畏離,不惟鷹隼(惟),廼弗虞民(有學者將此句釋斷為:不惟鷹,惟廼弗虞民。與下文文意似更連貫),厥其禍亦羅于 ■■ 。”王曰:“說,汝毋忘(有學者認為此字應釋為“妄”。甚是。譯文從此)曰:‘余克享于朕辟。’其又廼司四方民丕克明,汝惟有萬壽在乃政,汝亦惟克顯天,恫瘝小民,中乃罰,汝亦惟有萬福業業在乃服。”王曰:“說,晝如視日,夜如視辰(有學者認為二“女”不應釋為“如”,應釋為為“汝”。甚是。譯文從此),時罔非乃載。敬之哉。(!)若賈,汝毋非貨如(土戠)石。”王曰:“說,余既諟劼毖汝,使若玉冰,上下罔不我儀。”王曰:“說,昔在大戊,克漸五祀,天章之用九德,弗易百姓。惟時大戊謙曰:‘余不克辟萬民。余罔墜天休,式惟三德賜我,吾乃敷之于百姓。余惟弗雍天之嘏命。’”王曰:“說,毋獨乃心,敷之于朕政,欲汝其有友勑朕命哉。” |
翻訳文傅説の命 下篇 「……員よ、徳を経て天に配し、私は厭う言葉はない。小臣たちは私の職務に優れた者なく、私はお前に命じて私の命令を融和させよう。私は遠きを和らげ近きをよく治め、政事を助け、永く続くよう補佐し、私一人のためにせよ。」王は言った。「説よ、すでにお前の職務に就いたのだから、軽々しく越えるな。飛ぶ雀が罠を恐れないように、鷹だけを考えず、ただ民を慮らないなら、その災いは網にかかるだろう。」王は言った。「説よ、お前は妄りに『私は君に仕えることができる』と言うな。もし四方の民を司ってよく明らかにでき、お前は万寿をもってお前の政務にあり、お前もまた天を顕わし、小民を痛み、罰を中正にし、お前もまた万福をもって盛んにお前の職務にあるだろう。」王は言った。「説よ、昼は汝が日を見るように、夜は汝が星辰を見るように、時はお前の担うものに非ざるはない。敬えよ。商人のように、お前は財貨を土石のように粗末にするな。」王は言った。「説よ、私はすでにお前に厳かに戒め、玉や氷のようにさせ、上下ともに私を手本としない者はない。」王は言った。「説よ、昔、大戊の時、五祀を次第に行い、天は九徳を用いて顕らせ、百姓を軽んじなかった。時に大戊は謙って言った。『私は万民を治めることができない。私は天の恵みを失わず、三徳をもって賜い、私はこれを百姓に広めた。私は天の大命を塞がない。』」王は言った。「説よ、お前の心を独りにせず、これを私の政治に広めよ。お前が友と力を合わせて私の命令を整えてくれることを望む。」 解説この翻訳は『尚書』の「傅説之命下」を現代日本語に全訳したものです。以下の点に留意しました: 1. 学者の解釈の反映: - 「不惟鷹隼,廼弗虞民」は、学者の提案通り「不惟鷹,惟廼弗虞民」(鷹だけを考えず、ただ民を慮らないなら)と解釈し、文意の連貫性を優先しました。 - 「毋忘」は「妄」(みだりに)の誤記とされるため、「妄りに」と訳し、根拠となる訓詁学を尊重しました。 - 「晝如視日,夜如視辰」の「如」は「汝」(お前)と解釈し、「汝が日を見るように」と訳出しました。 2. 用語の現代化: - 古語「余」(われ)→「私」、「汝」(なんじ)→「お前」、「罔」(なし)→「ない」など、平易な現代語に置換。 - 抽象的概念(例:「経徳配天」→「徳を経て天に配し」)は意味を保ちつつ分かりやすく表現。 3. 文脈の考慮: - これは殷の王が賢臣・傅説に政治の心得を説く場面です。命令形や比喩(例:「玉冰」→「玉や氷のように」)を生かし、威厳と訓戒の調子を維持。 - 引用符や句読点を追加し、現代の読解に適応(例:王の発言を「」で明確化)。 4. 省略なしの完全訳: - 原文の全ての句(例:大戊の逸話や戒めの言葉)を網羅し、注釈も訳文に統合。 - タイトル「傅說之命下」は『尚書』の構成を考慮し「傅説の命 下篇」と訳出。 この訳文は、古代中国の政治哲学(天と民への配慮、君主と臣下の関係)を、現代日本語で正確に伝えることを目的としています。 Translation took 3266.2 seconds. |